2021年10月13日水曜日

71 みずほ銀行システム障害

 みずほ銀行でシステム障害が繰り返し発生している。

 今年2~3月における4回のトラブルがまだ記憶に残っている中で、8月末に再び全店舗規模のトラブルが発生した。原因調査に当っている外部調査委員会は6月に、企業体質に問題があるという報告を出した。①危機に対する組織力②ITシステムを統制する力③顧客目標、の3つが弱いということが指摘されたそうだ。そして、その企業体質を生み出す原因となっているのは、旧銀行(富士、第一勧銀、日本興業)の縄張り意識であるというのが、大方の見るところであったようだ。

 このニュースを新聞で読んで思い出したことがある。

 2004年、3銀行が合併した1999年の5年後の話である。私の叔母が亡くなり、その財産整理のためにみずほ銀行のある支店を訪れた。叔母は独身で、唯一の親族であった兄(私の父)の子どもである私たち姉弟が遺産を相続することになり、一番近くに住んでいた私がその手続きをすることになったのである。訪れたのは、叔母が日常的に使っていた東京郊外、西武池袋線沿線の支店。


1.元富士銀行のみずほ支店で

 案内された窓口でその旨を伝え、通帳を見せ、相続のためにはどのような書類が必要になるのかを教えてもらいたいと言うと、担当者は「この口座の取扱店は三田の支店なので、ここでは受け付けられない」と言う。「どの支店でも基本的には同じだろうから、それを教えてもらいたい」と私が言うと、彼女から驚くべき答えが返ってきた。

 「こちらの支店は元富士銀行ですが、お客様の口座を担当している三田支店は元第一勧銀ですので、どういう書類が必要なのかはわからないんです。」

 みずほ銀行三田支店は、叔母が高輪に住んでいるときに口座を作った支店である。叔母は亡くなる3年程前に足を怪我し、高齢の叔母の一人暮らしが心配で私が近くに呼び寄せたのだが、近所に同じみずほ銀行があったので、取扱店を変更することなく使っていたのである。

 同じみずほ銀行なんでしょ。三田まで行って、何が足りない、かにが足りないと言われても困る。必要な書類を取り寄せてほしい。手数料が必要なら払いますから、とあれこれ言って見たが、「わからない」「できない」の一点張り。仕方がないので、日を改めて三田支店に行くことにした。

 ごく基本的な手続きであるのに、元勧銀の仕事だとか、元富士の仕事だとかと言って踏み込もうとしない。客の便宜を図るという所に仕事の目標をおいていないのである。その一方で、通帳を見せた際に口座の取引停止だけはさっさとやってのけたために、マンションの管理費・積立金や公共料金などの引き落としができなくなってしまい、いくつもの相手先に連絡を入れ、いちいち振り込まなければならなくてしまった。


2.元第一勧銀のみずほ銀行支店で

 さて三田支店はどう対応するのか? 入口で来意を告げると、同じように奥の窓口に案内された。そこで、相続のための手続きの内容を知りたいという目的を告げ、最初の支店では教えてくれなかったことを伝えた上で、当方が出す必要のある書類は何々か、そちらの提出形式が決まっているのなら、その用紙をもらいたいと話した。すると、またまた、答えはNOだった。

 え、なんで? どういう手続きが必要なのか、どういう書類が必要なのかを聞いているだけでしょ。申込書などを出す必要があるなら、記入用紙をいただきたいと言っているだけですよ。

 だいぶ前のことなので、具体的には覚えていないのであるが、私と叔母との関係を示す書類か何かが足りないというようなことであったかと思う。予め、役所で取得しておくようなものであったような記憶がある。私は腹が立った。

 その書類一つがないために、また出直して来いって言うんですか? だから、最初の店で何々が必要なのかって聞いたんですよ。こんな原則的なことなら、どこの支店だって同じじゃないの。元富士だとか、元第一勧銀だとかという話じゃないでしょ。どうして同じ銀行の中で、それが共有できないんですか。

 預金者が死亡したときの手続きの案内書ぐらい作っておきなさいよ。こっちは仕事休んできているのよ。また半日つぶせって言うの? バカにしないでちょうだい。もうこちらの銀行とは取引したくないわ。預金は全部引き上げますから!

 女性行員は私の権幕に驚いて、上司の男性を連れてきた。私は怒りを抑えて、元富士のみずほ銀行とのやり取りのところから、もう一度ぜ~んぶ話した。すると彼は、手続きの申込書と、手続きに必要な書類のリストをくれて、必要書類をそろえて郵送してくれればよいと説明してくれた。

 なんだ、郵送でいいなら、最初の元富士のみずほ銀行でもできたじゃないの。

 その後、他行はどうしているかと、我が家で使っているもう一つの大手銀行を調べてみたら、ちゃんとそうした場合の案内を作っていた。そこには、預金者が死亡の場合の手続きの際は、公共料金の支払いや家賃の振り込みがある場合、早めに引き落し口座や入金口座の変更をしておくようにとの注意書きがあった。これが普通だ。

 みずほ銀行には、一つの組織としての「合理的視点にもとづいた行動姿勢」が感じられない。顧客に対する姿勢より、自分たち仲間内の感情が優先している。これを修正しなければ、みずほ銀行にはいつか問題が発生するだろう、そう感じた出来事だった。

 それから17年後、やはり問題は起きた。それも相当大きな問題となって。みずほ銀行を構成している人々の行動姿勢はどうやら変わっていなかったらしい。それが、銀行の屋台骨を支えるシステムの障害を作った原因だととらえられている。すぐれたITシステムの構築は、合理的視点にもとづいた分析が不可欠。総力をあげて根本から出直さないかぎり、建て直せないのではないか。



 


2021年8月19日木曜日

70 北条政子は源政子じゃなかった

 最高裁で夫婦別姓の訴えが退けられた。

6月23日、もう2カ月も前のことだが、そのときはちょうど住んでいるマンションの定期総会があり、理事である私はその準備作業でてんやわんや。ひとこと言いたいと思っていながら時間がたってしまった。

さて本題。言いたいのは「最高裁の判断はおかしい」ということ。

最高裁は、夫婦別姓について「婚姻や家族に対する法制度は国の伝統や、家族観、国民感情を含めた社会状況におけるさまざまな要因をふまえつつ、それぞれの時代における夫婦や親子関係についての総合的判断によって定められるべきだ」と言っている。

とするなら、今この時代は、既に夫婦別姓に7割の人が賛成しているので、家族観・国民感情という条件はクリアされている。賛成の人たちは、別に全部別姓にせよと言っているわけではなく、同姓が良ければ同姓でよいというおおらかな主張で、同姓を望む人の権利を排除しようという意図などない。

もう一つの理由としてあげられた「国の伝統」という面では、夫婦同姓は日本の伝統文化でも何でもない。明治時代に民法が施行された際に決められたもので、たかだか120年ばかりのものだ。

むしろ夫婦別姓が日本の伝統だ。

例えば北条政子。言わずと知れた、鎌倉幕府初代将軍源頼朝の妻である。しかし彼女は終生、北条政子であった。源政子にはなっていない。しかし、疎外されるどころか、鎌倉三代をまとめ上げた圧倒的妻であり、母であった。

そして日野富子。室町幕府八代将軍足利義政の妻である。彼女もまた足利富子にはなっていない。悪女というのが通説になっているが、最近の評価は、実際は足利幕府の財政を支えた功労者というものである。

そして清少納言。夫は橘則光、藤原棟世だがどちらの姓も受けてはいない。清の名は、生家の清原家(父は清原元輔)から来ている。

つまり、日本では、女性は生家の姓を名乗るのが伝統であり、夫婦別姓が当たり前だったのである。

「伝統を理由に夫婦別姓を排除した最高裁よ、顔を洗って出なおしてこい」と言いたいところだ。


2021年8月18日水曜日

69 「100年に一度の豪雨」が毎年

 8月に入って、日本各地で大雨の被害が出ている。

熊本県、大分県、長崎県、広島県・・・

TVニュースをみながら家人と話し合う。

「あれ、ここ、去年かおととし、水が出た所じゃない?」

「確か川が決壊して」「田んぼが水浸しだ」

「ここはちょっと前、すごい土砂崩れがあった所だよね」

「やっと復旧できたところだろうに、大変だなあ。100年に一度の豪雨って言わんでくれ、毎年なんだから。」


どこかの町(村? 市?)で自治体の避難指示が遅れたという報道があった。

もう指示を待っている状況じゃない。毎年来るものと考え準備しておく。

自分で情報をきちんと取り、いつでも対応するという姿勢でいなければならない。

そういう事態になったようだ。


一方、自治体は、そして国はどう対応するのか。

それぞれの地域で状況は異なるだろうが、たとえば、堤防が決壊していないのに、2年前同様に広範囲の浸水が発生し病院が孤立した佐賀大町町、ここは明らかに排水能力の不足だ。

大型地下調節池などを設け、さばき切れない水を受けとめる対策は取れなかったのか。2年前と全く同じ状況が発生するというのはいかにも情けない。

多くの自治体がこうした課題をもっている。

「自然の猛威は如何ともしがたい。避難あるのみ」「自助でお願いします」では、行政機関が存在する意味がない。





2021年4月22日木曜日

68 コロナより恐れるべきもの

今年、桜は見なかった。3月の半ばから 咲きはじめ、4月の声を聞く前に終っていた。

季節の進み方が速い・・・ 昨日、4月21日。気温25℃を超えた。昨年より10日も早い夏日。この先も気温の高い日が続くようで、今年も暑い暑い夏がやってくるのは確実だ。

昨年の8月の熱中症による死者は、コロナによる死者より多かった。連日35℃を超える地域が続出だった。

大型台風の接近も多かった。日本近海の海水温が30℃に達し、台風が日本の近くに来て発達したからだ。

同じ水域、一昨年は27℃程度であったという。1年で3℃上昇。地球温暖化のスピードが上がっているのだろうか。

今年はいったい何度になるのか? 5年後は、そして10年後は? コロナ以上に怖い。


コロナとの闘い、国の対策は実にお粗末だ。

何が日本モデルだ。国民に自粛を強要するばかりだ。

人流も止めず(それどころか促進した)、検査もせず、医療機関の支援もせず、ワクチンも遅れている。

しかしそれでも、欧米のような1日に万を超える感染者は出ていない。

マスク、手洗い、距離、換気・・・ 感染防止の方法を、多くの人々が心得ていて実行しているからだろう。

人々がその努力を続け、やがてワクチン接種が進めば、そのうち(1年もたてば)感染は治まっていくことだろう。


しかし、温暖化はどうだろう。

昨年の夏、アメリカのデスバレーでは54℃を超えたという。インドは50℃を超える熱波で、ここ5年で5000人ほどが亡くなっているという。

温暖化はどんどん進んで行っているという気がする。


昨年の夏、国は、温暖化への立ち向かい方について、国民には何も示さなかった。

コロナのことばかりで、熱中症を生み出す暑さの原因となる温暖化については、どう行動すべきかというメッセージを出さなかった。

TV・新聞の報道も、熱中症の予防が中心だった。

どのTV局でも「エアコンを使うように」と言っていた。安眠のためには、夜は26℃以下の設定にして布団をかけて寝よ、とまで言う専門家もいた。

しかし、そうするとエアコンの室外機からは40℃以上の熱風が吹き出される。エアコンを使えば使うほど、地球は熱くなっていくということだ。さらにエアコンが必要になる。

その悪循環を続けていってよいのか、エアコンのスイッチを入れるたびに心が痛む。


温暖化の原因はCO2を生み出す我々の生活だ。生活を支える産業のあり方だ。温暖化を止めるにはそれを切りかえなければならない。

コロナ対策はもちろん重要だが、温暖化についても、それに劣らぬように、もっと本気で取り組まなくてはならない。

後戻りができない状態になる前に。




2020年9月25日金曜日

67 リーダーについていけますか?

リーダーシップの育成は常に社会的問題だ。
政治の世界では、まさにこれが最大の課題で、リーダーたちがその資質を問われている。
しかし、リーダーを批判している者たちが、次のリーダーになる力量の持ち主かといえば、そうとも思えない。
つい先ごろまでトップリーダーの座にあった人に対して、大方の国民から「他よりまし」というような程度でしか支持されてこなかった。
なぜ、この人になら任せられる、この人にならついて行けると、思えなかったのだろうか。

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ついて行く側の視点で、リーダーのあるべき姿、行動を分析してみよう。
取り上げるのは、優れたリーダーシップが発揮され、危機を乗り越えた事例。
2010年8月に起きた南米チリのサンホセ鉱山の落盤事故で、地下700mの地中に閉じ込められた33人が、69日後に無事生還した出来事。
リーダーシップを発揮したのは、現場監督のルイス・ウルアス氏54歳。
サンホセ鉱山には、2か月前から従事していた。


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事故が起きてから、彼が最初にしたのは、安全地帯に鉱夫たちを移動させたことと、3つの調査班をつくり、抜け出す道がないかを探索させたこと。
そして脱出できないとわかったとき、鉱山の構造と落盤の状況から救出の手が届くまでを20日と推測し、皆に、全員がチームとなって地上に連絡する手立てを工夫するという方向を示した。

ついで、皆で決断した方向を進めるための環境づくり、組織作り、規律作り。
食事をする場所、寝る場所、トイレの場所を決め、33人が生き延びるために食料と飲み物の配分を決定した。また33人を11人ずつ3チームに分け、8時間交代で仕事をするようにし、生活場所の衛生管理や、落盤や落石の恐れがある所のパトロールを行った。
チームにはそれぞれリーダーを置き、食糧管理係、通信係、警備係、医療係などを、それぞれの能力を活かして役割分担させた。そして、重要事項の決定には、一人1票の民主主義制を採用した。


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ついて行くものが第一に求めるのは、行動すべき方向、そしてその手立てと見通しだろう。
それが最善のものだと思え、それならできそうだと思える。
脳は「困難なことだが、これならできそうだ」と思えるとき、最も意欲的になり、活性化し、行動を生み出すのである。
ウルアス氏の示したものは、鉱山労働経験30年、地質学にも詳しく、誰よりも鉱山を熟知しているその能力から生み出されたもので、誰もが納得いくものだった。地上との連絡が取れるまでの期間の予測も的中し、そのことも信頼を高める要素となったことだろう。

つぎは、適切な仕事の分担と人選。進むべき方向に対して、互いに納得がいくとともに、自分自身の存在が実際に貢献できていると自覚できる。
それは、脳にとって「快」の状態をもたらし、意欲を生み出すことになる。

そして最後は公明性と公平性。民主的な方法をとり入れ、皆が納得できる決定プロセスのもとでルールを作り、リーダー自身もそれに従う。
これは仲間としての一体感・共感を生み出すとともに、リーダーの無私で真摯な姿勢を伝えることになる。


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リーダーシップは、それが発揮される場・状況によって、その内容は同じではない。
しかし、要素は共通している。
8年近く、日本のトップリーダーの座にあった人の場合は、「進むべき道として示した方向」「人選(人事)」「公明性と公平性」、そのすべてにおいて問題があった。
そのため、国民の心は離れていった。

このたび新しくリーダーとなった人は、果してリーダーたるべき行動をとることが出来るだろうか。
3つの視点から、しっかり見極めていきたいものである。













 

2020年9月16日水曜日

66 海水温30℃の意味

2年で3℃上昇 
 
今年、日本近海の海水温は、2年前の27℃から3℃上がって30℃に達したという。 
あの広い海の水温が2年で3℃も上がるということには、いったいどういう意味があるのか。

 地球レベルの気候の変化はそう急激に訪れるものではない。 
1880年から2012年の132年の世界の平均気温の上昇分は0.85℃。 
しかし、同じ132年の間の日本の平均気温の上昇分は1.14℃。
さらに東京では3.2℃も上昇している。 
人間が多く住むところ、そして人口の密集する都市部である。 

 気温を押さえて来たのは、草原や森林、南極や北極、そして陸の2倍以上の面積をもつ海。
その中で、特に貢献度の高いのが海だという。


海の働き

気温上昇の原因は、CO2の増加による地球温暖化であると考えられている。
CO2は人間の産業・経済活動の発達とともに増え続け、地球温暖化は確実に進んでいると研究者たちは指摘している。
しかしこれまで、そのCO2の増加の度合いから予測された程には、大気の温度である気温は上がってこなかったという。
その理由は海。海水がその温度を吸収してきたためであるという。
代わりに、海水温がじわじわと上昇してきたのだというのである。

昔、夏の夕方の海岸は涼しかった。
太陽で熱せられた空気が、海水温で冷やされて温度が下がるからである。
まさに水冷式、天然のラジエターである。

しかし30℃になってしまった海では、30℃以下には冷やせない。
海が熱を吸収しくれなくなったとき、大気の温度は急速に上がっていくだろう。
もしかすると、もうそういう段階にまで来たのかもしれない。
次々に更新される各地の最高気温、その報道を見ているとそんな心配が湧き上がってくる。


エアコンで暑さ対策しているだけでよいのか

この暑さに対し世の中は、熱中症をどう予防するかしか問題にしていないように見える。
TVニュース、ワイドショー、それに新聞ではエアコンの使用を勧める。
寝るときには寒いぐらいに温度を下げ、冬の布団をかけろとまで言うアドバイザーまで登場する。

しかしエアコンをつければ、熱い空気が室外機から排出されるのだ。
暑い大気を、もっと暑くしてしまうことになる。
(我が家のエアコンを30℃設定で稼働させた時、排気された空気は38~39℃だった。)

私たちは、ただ、この暑さをどうしのぐのかということだけ考えていてよいのか。
この暑さを押さえるためににはどうするかを考え、行動しなければならないのではないか。

ここ2.3日涼しかったが、明日からまた暑さがぶり返すと夕方のTVニュースが報じていた。












65 7枚のマスク

「あなたはどう受けとめましたか?」
テニスの2020全米オープン大会の優勝インタビューの際に、大坂なおみ選手が質問者に対して返した言葉である。

大坂選手は大会中、理不尽に殺害された黒人被害者の名前を書いた黒いマスクをつけて、会場に入場した。

1枚のマスクに一人ずつの名前が白い文字で書かれた黒いマスク。 1試合ごとに異なる名前が書かれ、決勝までの7試合で7枚のマスクがつけられた。

質問者は、マスクをつけたのはどういうメッセージだったのか、と大坂選手にたずねたのである。


それに対して大坂選手は、逆に質問者に対して「あなたはどう受けとめましたか?」と問い返した。

大坂選手がその7枚のマスクをつけたことを、質問者自身がどう感じ、何を考えたのかと問うたのである。そして、つぎのようにつけ加えた。

「そのことについて話し合ってもらいたかった。考えてほしいと思った。」


決勝までの7試合の間に、マスクについて大坂選手が語ったことは、「7枚用意した」「決勝まで勝ち進んで全部見せたい」「7枚では足りない事が悲しい」ということだけだった。

彼女はマスクに被害者の名前を記すことで、それを見た人たちが、「この名前の人は誰?」「彼らに何が起こったの?」と思い、「どういう事実があったのか」を自分で調べ、「そのことについて考え」「周りの人と話し合う」という行動をしてほしいと思ったのだ。

彼らに起こった出来事は「あって良いことなのか」「なぜ続くのか」・・・

どうしたら、皆が理解しあい、助け合って生きて行く世の中にして行くことが出来るのか・・・


メッセージは、それを見聞きしたものがどう受けとめ、何を考え、どう行動するかが大事なのだ、と彼女は言っている。自分のメッセージは意味あるものであったかを彼女は知りたかった。

日本の中にも差別はある。さすがにアメリカのような殺害事件はないが、外国人労働者や技能実習生、朝鮮系の学校に対する行政不当な待遇や、周囲の人の心ない言動を数々耳にしている。最近では、コロナ陽性者や医療・介護従事者に対する差別的な言動が数多く発生していることが報道されている。

大坂選手の言葉、しっかりと受けとめかみしめたい。



2020年7月21日火曜日

64 情緒的ことばより、科学的・経済的根拠を

「適切に対処していく」
「万全の処置をとる」
「これまでにない発想で」
「機動的に、必要かつ十分な」
「間髪を入れずに」
「一気呵成に」
「速やかに対処する」

形容詞をちりばめた首相の言葉。
しかし何の根拠も示されないその対策。
前から感じて来たことではあったが、
今回のコロナ対策では状況の展開が速く、数々の対策の失敗が目に見えるので、
余計言葉の空しさを強く感じる。

「世界最大級の」「空前絶後の」と自負する経済対策も、
「真水は少ない」ともっぱらの評判だ。

緊急事態宣言解除の際の、
「日本モデルの力を示した」という言葉には思わず笑ってしまった。
日本モデルって何?

一斉休校、布マスク配布、外出自粛、
37.5℃4日間自宅待機、PCR検査抑制、
なかなか届かぬ定額給付金、むずかしい持続化給付金申請・・・

日本モデルとは「首相の思いつき+国民の我慢」ということか?
力も金も出し惜しみの対策か?
不満の声が大きくなったら、政策を手直しする方式か?

首相の思いが込もった言葉より、
その対策の科学的根拠、経済的根拠が欲しい。
もっと医療の現場や、困窮の現場の実態を見極めた対策が欲しい。
そしてもっと仕事の実務を踏まえた対策が欲しい。

また、その対策の欠陥が明らかになったときには、
それを速やかに認める勇気と、
一気呵成に方向を修正する行動力が欲しい。




2020年6月29日月曜日

63 マスク配布プロジェクトはなぜ実施されてしまったのか

全世帯2枚ずつのマスク配布プロジェクトは、首相が宣言した4月1日から2ヵ月半後の6月15日終了した。
しかし、このマスク配布、極めて評判が悪い。
いくつかのアンケート調査では、75~80%の人が「このマスクを使わない」と答えている。私の周辺でも、使うと言っている人はほとんどいない。


アベノマスクを使わぬ理由


第一はマスクの形状。大人には小さすぎ顎が出てしまう、話をしたりするとずり上がってきてしまう、耳が痛くなる、等々。

第二にかけられた経費。当初発表された額は466億円! たかが2枚のマスクにそんなに莫大な費用をかけるとは・・・(最終的には260億になったそうだが、それでも莫大だ。)

そして第三は、届くのが本当に遅かったこと。不良品の検品などがあったため、配布が本格的になったのは5月の半ば過ぎ。(我が家は6月3日)不織布のマスクも出回りはじめ、ネットの価格も下がり、服飾メーカーがオシャレなマスクを売り出しはじめた頃。手作りした人も多くなっていて、いまさら感が満載。


そもそもは、たんなる思いつき


この首相肝いりのプロジェクトは、最初から評判が悪かった。
「エイプリルフール?」と揶揄され、その経費の莫大さから「ばかげた計画」「もっとその費用を有効に使ってほしい」と多くの国民や野党議員から声が上がった。

にもかかわらず、この計画は強行された。途中、変色やゴミ・虫の混入など不良品が多く発見され、検品を行う必要が発生したりしたこともあって、更に評判が悪くなった。

計画の発端は、首相側近からの進言によるという。
中国に依存していたマスクが手に入らなくなり日本中がパニック状態に陥っていた頃のこと、「マスクを配ればあっという間に国民の不安はおさまる」と言われ、すぐ採用したという。
一斉休校同様、深く考えたものではなく、いわば思いつきの政策である。


効果あるプロジェクトにするための仕事をしたのか


思いつきが悪いというわけではない。
トップの思いつきを、効果ある政策に仕上げていくのが部下の仕事、官僚の仕事だろう。
国民の間で最初から疑問視されていたその形状、その調達・配布経費、それを真剣に検討したのだろうか。

候補になったマスクを実際につけて見たか。
これは大人には適さないと思わなかったのか。

466億円という試算がされたとき、これは問題だと思わなかったのか。
マスク配布宣言より前、アイリスオーヤマが、工場の一部を改修しマスク製造工場を作ることを発表していた。建設費用30億円。最終的には月1億5千万枚製造できるというその工場では100人の雇用も生まれるという。
仮に466億円をマスク工場建設につぎ込むとすれば、単純計算で30のマスク工場ができ、月45億枚のマスクが生産でき3000人の雇用が生まれることになる。
それと比較すると、マスク配布はあまりにも費用対効果が小さい・・・・
とは思わなかったのか。

また、5000万世帯に配布するには2ヵ月以上かかるという予測は立てられなかったのか。
困っているそのときに洗いのきくマスクをもらえれば、多少形状に問題があっても、ありがたいと思えたかもしれない。
しかし、そう思える期間はせいぜい2週間ぐらいだろう。1ヵ月後ではどうなのか。
まして、2カ月後に1世帯にマスク2枚をもらって国民がありがたがるわけがない。

2ヵ月以上かかるという予測がなされて、実施されたのだとしたら、余りにもお粗末な判断だ。国民が、2カ月間何も対策を打たずに、ただ嘆いていると思ったのか。

何も予測を立てずに、実施されていたのだとしたら。あまりにもずさんな計画だ。
企業でプロジェクトを計画するときの重要な仕事に、工数計算というものがある。
その仕事はどういう工程から成り立つか、どういう人材がどのぐらい必要で、どのぐらい時間がかかるかといったことを、予測し算出するものである。
プロジェクトの目的を適切に果たすためには、そうした作業が欠かせないが、このマスク配布プロジェクトでは、それがなされたのであろうか。


はだかの王様


マスク配布プロジェクト、心の中では「これは愚策だ」と思った官僚たちは結構いたのではないか。しかし問題点をきちんと指摘し、換言したものはいなかったということだ。

このマスク配布プロジェクトから私は、「はだかの王様」を連想した。
愚か者には見えないという「魔法の布」、
国民があっという間に安心するという「布マスク」。

インチキを、インチキだと言わない家来たちにとりまかれている「王様」。
子どもに裸であることを指摘され、国民から笑われて、やっと気がついた「王様」。
何だか似ている。

マスク配布のような愚策が大見得切って実施される日本。
それは、まっとうな政策が実施されていないことを象徴しているような気がする。
このままにしていては、日本は立ち行かなくなるのではないか。
われわれ選挙民は、「王様ははだかだ!」と言って、大人たちの目を覚ました子どものように、
行動を起こさなくてはならない。



































2020年6月25日木曜日

62 ため息が出るほど遅い その3

国の仕事はため息が出るほど遅い。
しかし、日本でも素早く対応したところがあった。

小さな自治体が・・・


コロナ対策としての補正予算が成立した4月30日、その日に全住民に給付金10万円を振り込んだ自治体がある。
北海道東川町と青森県西目屋村である。
また、新潟県粟島浦村は、1日遅れの5月1日に振り込んだ。
いずれも小規模な自治体だ。

予め、銀行や信用金庫に話しをつけ、そこから振り込んでもらったという。
いずれ国から自治体に対して支給されたら、町(村)が銀行や信用金庫に返済するという方式をとったというのである。

国からお金が来るのを待ってからではなく、先に配ってしまう。
すごいアイディアだ。
小さい自治体だから出来たのだ。
規模が小さいから、住民の情報は把握しやすい。
改めて調査しなくても既に情報をつかんでいたのではないか。
給付金の規模も小さいから、銀行や信用金庫も資金を動かしやすく、早く対応できた。ということではないか。

仕事の桁は小さく・・・国から自治体へ


仕事を早くするポイント、この辺にありはしないか。
規模が大きくなると、それだけ時間がかかる。
全体を調整する仕事、中央から末端への連絡業務も出て来る。
国が、小さい仕事、しかし膨大な量の仕事を、現場とは程遠い机上で計画・設計し、指令するという形が、仕事を遅くしてしまっているのではないか。

この数カ月、それぞれの自治体はかなりいろいろ考えてコロナ対策を実施したようだ。
よい成果が表れたところも少なくない。
しかし、できる範囲が狭く、予算も少ないので、苦労したようだ。
国が権限を握りすぎ、また予算を握りすぎているからだ。

何もかにも国が決めて、指令するというのではなく、
もっと自治体に予算を渡して、自治体の裁量で行なえることを増やしていく方が良いのではないか。
自治体によって、コロナの感染状態はかなり異なっているので、それぞれの状況に応じた対策をとることが出来るだろう。

第二波、第三波の流行に備えて考えてほしいことである。



2020年6月23日火曜日

61 ため息が出るほど遅い その2

国の仕事というのは、どうしてこんなに遅いのか。
コロナ対策で感じたことである。
マスクの場合は必要性の低いマスクの場合は、ただあきれていても済むが、
生活が逼迫しているものにとっての給付金は、そうはいかない。

定額給付金の場合


逼迫している人への30万円という当初の対策から、国民全員への一律10万円給付に変更されたのは、不公平ではないからということもあったが、全員一律の方が処理が速いというのが大きな理由になっていたと思う。
給付が決定したのは4月30日。
しかし、多くの国民が手にしたのは、6月になってからのようだ。

実際の給付は各自治体に委託され、行われている。
私の住む新座市からは5月半ばに連絡文書が届き、それによると、26日以降に申請の書類が送られその後1~2週間後に入金されるというということだった。実際に書類が届いたのが28日。それから申請するのだから、早くても6月半ばになるということだ。

マイナンバーカードで申請してほしいという、総務大臣からのアナウンスがあったが、システムの不備でかえって時間がかかるからと、各自治体から郵送による申し込みの要請が出るなど、笑えない話もあり、結局のところ、6月10日までに給付されたのは、全体の約40%、5000万人ほどにとどまっている。(総務省発表)

早いはずの一律定額給付でこれだ。


持続化給付金・雇用調整助成金の場合


もっと問題なのは、売り上げ減少や休業などでひっ迫している事業者に給付される持続化給付金(個人100万円、法人200万円。いずれも最高で)や雇用調整助成金。
申請手続きが難しい上、申請してもなかなか支払われないという状況が続いているようだ。

持続化給付金は、申請開始からほぼ1ヵ月たった5月末までに申請数約120万件、その3分の1ほどに給付されたという報道があった。雇用調整助成金の方は、申請数約3万5千件に対して約半分の1万7千件に支給が決定した(支給されたではない)という段階だ。
結果として多くの人々に支援金は行きわたっておらず、既に倒産に追い込まれた人々も少なくない。

なぜ、こんなに遅いのか。しかも額が少ないのか。

イギリスでは収入の8割が保障され、フランスではロックダウンが決まってから3日後にレストラン経営者に300万が振り込まれたという例が、TVニュースで紹介されていた。
これはもはや、政治の理念と発想のちがいとしか思えない。














2020年6月18日木曜日

60 ため息が出るほど遅い その1

日本の新型コロナに対する対策。
2月初めに大型クルーズ船で陽性者が確認されて以降の、4か月余りにわたるその経緯を見て感じるのは、そのトンチンカンな対応と、遅さである。
それはため息が出るほど。


布マスク配布について


6月3日、我が家のポストにプラ袋に入った布マスクが投函されていた。
これが噂のアベノマスク・・・
4月1日に、全世帯2枚ずつ届けると首相が宣言したあのマスクである。
同じマンションの友人に、汚れや黄ばみがあって返した知り合いがいると聞いていたので懸念していたが、そういうことはなかった。
しかし、いかにも小さい。
小顔ではない我々夫婦には、向いていない・・・

それに私はもう、端切れを使って布マスクを10枚も作ってしまった。
ネットで紹介されていた様々なデザインと作り方、その中から、顔にフィットする立体的なデザインを選択。型紙を作り、裁断し、そして手縫い。
守備は上々。結構満足できるものが続々とできた。(家庭科教育万歳!)
娘も、黒地と白黒の小花模様のリバーシブルの作品を「これいいね」と1枚持っていった。
だから、我が家には国からのマスクはもういらないのである。

ある調査では、75%の人がアベノマスクを使わないと答えたという。
その小ささや、平面的で周辺に隙間が出てしまうことから評判が悪いらしい。
配布に余りにも高額な予算がつぎ込まれたことも、拒否反応を生んでいるようだ。

それでもまだ、4月のうちに配られたのなら感謝されたかもしれない。
特定警戒地域13都道府県の一つであった埼玉県で配布が始まったのは、
首相宣言より1ヵ月もたった5月1日のことである。
更にそれから1ヵ月以上たって、埼玉のはずれのこの新座に届いたのだ。

5月になって、マスク不足に応えて次第にさまざまな分野の企業が、マスク製造にのり出したという報道が相次いだ。月末には早くも新しいデザイン、新しい素材の製品がつくり出されるようになり、ネット販売が始まったところもある。
また少しずつではあるが、不織布マスクがスーパーやドラッグストアーで出回り始めた。
私のように自分で作った人も少なくない。(町で結構見かける。)
だから「アベノマスクはいらない」という人も多くなった。
要するに、国の布マスクは證文の出し遅れとなったのである。

国は、このプロジェクトがどのぐらいの期間で実行できると考えていたのだろうか。
一世帯当たりマスク2枚配るなんてことは、一つ一つを見れば小さな仕事にすぎない。
しかし、5000万世帯に配るとなれば大きな量の仕事になる。

調達から配布までのプロセスを、どういう人員でどう進めるか、
具体的に想定してスケジュールを計算したのだろうか。
2枚1組にして、そこに厚労省のつくったパンフレットを組み込んでパッケージするところから、各郵便局に必要数を送り、局員が各世帯に配布するまでの具体的作業を洗い出して、工数計算する。
それが2ヵ月かかるという計算にはならなかったのか。

2ヵ月もかかることがわかっていて実施したのであれば、
国民の心理をおもんばからない愚かな計画だったと言わざるを得ないし、
ずっと短い期間でできるという計算だったのなら、
実体把握能力が極めて低かったと言わざるを得ない。

   *   *   *   *   *

ため息の出るほど遅かった「マスク配布プロジェクト」は、6月15日に終了した。
そもそもマスク2枚の配布なんてことは、国がやることだったのだろうか。



2020年1月15日水曜日

59 首相の思いをじゃましているのは誰?


「どの国にとってもwinwin、そして未来に向けて持続可能な成長軌道をつくる。
 私の思いはその一点でありました。」
昨年6月末に開催されたG20大阪サミットの最終日、安倍首相は確かそう語った。

「戦争は対話で解決できる」
内戦終結の功績を評価され、2016年にノーベル平和賞を受賞したコロンビアのサントス大統領の言葉である。
外交の基本は対話だと言っているのである。
それは戦争さえ解決する力を持っている、と言っているのである。
対話により、お互いにwinwinの関係をどう引き出し提案していくかが、外交の仕事なのである。

新年早々に起きた、アメリカによるイラン革命防衛隊司令官殺害に始まるイランと米国との緊張関係。これに対する国際社会の反応は・・・
EUのフォン・デン・アライン委員長は、イランとの緊張関係への懸念を述べ「兵器の使用を直ちにやめ、対話を始めるべきだ」と語った。
中国は外交を統括する政治局委員がアメリカに自制を求めた。
そして国連のグテーレス事務総長は、「戦争を避けることは我々の共通した責務だ」と両国に対して自制を促した。

しかし今日まで、日本の外務省そして安倍首相のこの問題に対するきちんとした姿勢表明はない。
アメリカとイランに対して自制も求めていない。
(ぶら下がりの記者団に対して、日本の立場と対応について説明はしたようだが。)

安倍首相は、現在、サウジを始めとする各国を訪問して日本の立場を説明しているらしい。
それは石油の安定供給のための、自国ファースト的外交にしか見えない。
国際平和、国際協調という理念に対する、日本の確固たる姿勢を表現していないからだ。

米国のトランプ大統領とのお友だち関係を誇示する安倍首相。
そして、イランとは長年の友好関係を築いている日本。
昨年は、首相がイランを訪問し、またロウハニ大統領が日本を訪れた。
すでに、平和をどのように維持していくかが模索されていてしかるべきである。
外交に強いと評価され、また首相自身も自負している外交である。
その強い外交力をこの時点でなぜ発揮しないのか。

昨年の徴用工問題に発する日韓の関係は、winwinどころか互いに攻撃的政策を仕掛け合い、ケンカのようだった。
韓国が折れてきているのに、日本はまだ歩み寄る姿勢を見せようとはしない。

韓国、イラン、アメリカ、中国・・・
首相が望む「どの国にとってもwinwin」の、「どの国」とは、一体どの国なのだろうか。
「どの国にとってもwinwin」というのは単なる言葉の綾だったのか?
それとも、首相の思いをじゃましている誰かがいるのだろうか?










58 「輝いた」のではなく「恥をかいた」

世界報道写真展で


昨年12月21日、日本橋三越本店で開催された世界報道写真展を訪れた安倍首相は、
 「今年は日本が世界の真ん中で輝いた年になった」
と述べた。同展で展示されていたG20首脳会議の写真パネルにサインした後である。
居並ぶ首脳たちの中央で、トランプ首相と習近平主席の間に位置した自分の姿から、こういう言葉が出てきたのだろうか。




しかし、日本は議長国だったのだから、真ん中に座るのは当たり前の話。
G20首脳会議の議長は持ち回りでやっているのだから、単に順番が来ただけの話だ。
来年は韓国が議長国なので、文在寅大統領が中央に座ることだろう。


国際社会への貢献、記憶をたどったが・・・


昨年日本は、国際社会でどのような働きをしただろうか。
「世界の真ん中で輝いた」というほど、国として世界に貢献したことがあったか・・・
残念ながら、記憶に残っているものがなかった。
韓国との確執は、強気一辺倒で改善する姿勢は見せず、
東アジアの地勢を危うくしているし、双方の国の経済もおびやかしている。
ロシアとの関係では、経済協力も、北方領土問題もさして進展していない。
アメリカとの関係は、トランプの顔色をうかがっているばかり。
日米地位協定では未だ占領下のような屈辱的関係だし、貿易交渉でもアメリカに押されている。
アメリカとの関係改善を狙ったイラン訪問も、空振りに終わった。


個人のレベルでは・・・


個人のレベルでは、世界的に称えられた人々がいる。
2018年の全米オープンに続き、全豪オープンで優勝した大坂なおみ選手。
初出場で全英オープンゴルフを制した渋野日名子選手。
28年の選手生活にピリオドを打ったイチロー選手。ひたむきに野球に向き合ったその姿は人々の心を打った。

逆境を乗り越え、2019年の世界的大会で史上最高の11勝を挙げたバドミントンの桃田選手も賞賛に値する。
世界2位の強豪を倒しベスト8へと進んだラグビー日本チーム。様々な国の選手が心を通わせワンチームとなって闘う姿が感動を呼んだ。将来の国のあり方をも考えさせられた。

ノーベル賞は途切れなかった。企業の中で研究し続けた吉野彰さん、リチウム電池でノーベル化学賞を受賞した。
そして忘れてはならないのは、アフガニスタンで30年以上も人道支援活動を続け、12月4日に銃撃され亡くなった中村哲さん。世界各国の公的機関や報道機関がその死を悼み、メッセージを寄せた。アフガニスタンの人々は中村さんを英雄と称え、大統領は棺を担いだ。

どれも称えられたのは努力した個人個人であって、日本という国ではない。
唯一、国として今年日本が世界で注目され称えられたのは、各国の王族や首脳を招いて行われた天皇の代替わりの行事。しかし、ここでも注目されたのは、1000年守り続けられた日本の文化と伝統であって、現在の日本が国際社会に貢献している内容や姿勢ではない。



2019年、日本が世界で評価されたことは・・・


日本が2019年、国際社会に貢献した内容を評価されたもので、もっとも顕著なものは2回の“
化石賞”だ。
12月2日から2週間にわたって開催されたCOP(国連気候変動枠組条約第25回締約国会議)で受賞したもので、地球温暖化対策に対して消極的な国に送られるもので、地球の現状に対する認識不足と、環境を破壊して人々を危険にさらしているというレッテルを貼られたのである。

化石賞の1回目は「石炭火力発電を選択肢として残したい」との梶山経済産業相の発言に対して、2回目は脱石炭に対して言及がなかった小泉環境相の演説に対して贈られた。

日本は世界の真ん中で「輝いた」のではなく、「恥をかいた」のだ。












2020年1月9日木曜日

57 桜は何も語らないが・・・

「桜を見る会」における疑惑の数々。
核心には至らず、臨時国会は閉幕してしまった。
年が明けたが、怒りは収まらない。

野党は敵失ばかり取り上げて大騒ぎをする、などという声が聞こえる。
もっと重大な問題があるのだから、早く収拾させるべきだという意見もある。
しかし、これは小さなことなのか。

確かに重要な問題が山積みだ。
「桜を見る会」に関する質問は確かに多かった。そして討議は長引いた。
しかし長引いたのは、内閣が野党の質問にまともに答えないからではないのか。
首相は、問題が起きたときいつも、丁寧に説明をしていくと語る。
しかし、いざそのときになると、「お答えは差し控えさせていただく」と言うのだ。
「丁寧な説明」とは、「答えたくない」ということを「お答えは差し控えさせていただく」 と丁寧な言い方で言うことなのか。

国民の血税を「私」の政治活動に有利になるように使う。
公の行事に「反社会勢力の人」を呼ぶ。
(呼ぶというのは何らかの関係があるということを示している。)

誰を呼んだかは、個人情報だから出せない?
とぼけたことを言うな。
われわれ国民から吸い上げた税金を使って、飲み食いしている会ではないか。
そこにどんな人を呼んだのか、国民が知りたいと言っているのだ。
国民には知る権利がある。
それに呼ばれた人々は大喜びで自分からネットに情報発信していた。
当の「反社会勢力の人」は、首相から桜の会に呼ばれたことを誇示して、詐欺活動を展開していた。
(その一事だけでも、国民に、被害者たちに詫びるべきだ。)
こんな内閣に国民は代表されているのかと思うと、怒りがたぎってくる。

呼んだことを秘密にしておきたいというのは、どういうことなのか?
呼んだ人を公表しないのは、呼ばれた人の都合というより、呼んだ側に都合が悪いことがあるからだ。
公表しないということは、なにか後ろ暗いことがあるということだ。
政治を私する、こんな内閣に国民は代表されているのかと思うと、怒りがたぎってくる。

桜自身は何も語らないが、「桜を見る会」をめぐるの出来事は、実に多くのことを語ってくれた。
私たちはこの怒りの感情を忘れてはいけない。
そして政治を正す行動につなげて行かなくてはならない。

もうすぐ、通常国会が始まる・・・





2019年8月19日月曜日

56 子どもたちに教えられた本当の民主主義

国民はイライラしている


国会ではなぜキチンと話し合いができないのか。
多くの国民がいら立ちを持ってみている。
それぞれの主張を言い張るばかり、相手のミスをあげつらうばかりで、歩み寄ることをしない。
それを修正するための対案を出さない。

意見が割れたときは、絶対といってよいほど合意には至らない。
意見が割れたまま、多数を握る者たちが、強引に採決に至る。

合意できない理由はいつも相手のせいだ。
自分たちの案を取り入れないと非難しておきながら、
取り入れると変節だと責め立てる。
反対することにこそ意味がある、と言わんばかりである。

しかし、よく考えてみると・・・


われわれ自身にもそうしたところが多々ある。
戦後日本は、戦前の体制を反省し民主主義の形成に力を入れてきた。
学校では学級会や生徒会の場を使い、民主主義による合意形成の方法を指導してきた。
だがその実態は、ほとんどが「民主主義=多数決」という一義的なもの。
主張された複数の異なる意見について決をとり、
多数を得たものが全面的に場をしきるという形で終わる。

意見をすり合わせるとか、少数意見を取り込むという経験をしてきていない。
そういう教育を受けてきた、そういう行動経験しかしてきていない国会議員たちが、
いまの国会の状況を生み出しているとも言えるだろう。
協力しないのではなく、協力できない。
協力して課題に立ち向かうという行動体質そのものが育っていないのである。

民主主義の本質


民主主義は「いかに多くの人の心を寄り添わせるか」というところに、その真髄がある。
「小異を捨てて大同につく」、そのうえで「大同の中にいかに小異を残すか」ということである。
目指すところは同じでも、そこの迫るための考え方・方法論はさまざまだ。
それを闘わせるが、譲れるところは譲り、歩み寄り、合意形成をしていくのが民主主義である。
どうしたら、その方向に向かうことができるのだろうか。

ここで思い出したのは・・・


「私たちの学校」という60年前の映画。
水海道小学校(茨城県水海道市)の自治活動を描いたものである。
水海道小学校の子どもたち自らが演じてエピソードを再現する形で製作された。

当時水海道小学校では10の自治活動の部があり、映画はその中の体育部の活動を中心に描く。
ある年の運動会、プログラムを決める際に、希望する種目がかち合ってしまって起こる学年の対立と、体育部と児童会がそれを解決するまでの活動が描かれている。

水海道小学校では、運動会の企画運営一切が体育部に任されていた。
この対立の解決のための活動も、教師はわずかばかりの助言はするが、
ほとんどは児童主体で進められた。

体育部員たちは双方の学年のクラスごとに主張を聞きに行き、それをもとに協議する。
その結果、上の学年に対し、希望する種目を下の学年に譲ってくれないかと交渉するのである。
そして譲る代わりに、上の学年に対して新しい魅力的な種目を提案する。
上の学年は、了承し運動会のプログラムは全クラスの賛同を得て無事成立する。
背景にあるのは、共通の目標のためにそれぞれが譲り合う姿勢。
より力のあるものが多く譲り、弱いものを守るという基本姿勢である。

この映画の中で描かれた子どもたちの行動、
合意形成のために意見を集約し、アイディアを出し合い協議し、提案し交渉するという姿は、
民主主義とかこういうものかと実感するよい手本だ。
これからの日本築いていく子どもたちには、
ぜひこうした行動のしかたを身につけてもらいたいと思う。

遠回りかもしれないが、本当の民主主義を育てるには、
教育の場におけるこうした活動を積み重ねていくことが必要なのではないかと思う。


      ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


実はこの稿、今から8年前のJADECの機関紙(JADECニュース85号)に書いたものを
少しばかり手直ししたものである。

当時は東日本大震災からの7か月後、民主党政権の時代。自民党が野党であった。
国会では、どのように復興を進めて行くか、
ということで議論が展開されていたのであるが、それがなかなかまとまらない。
その状況に対して思うところを書いたものである。

圧倒的多数ではなかった民主党政権は、自公が反対すると何も決められなかった。
与野党が逆転した今、こんどは相次ぐ合意なき強行採決。
やはり議論は成立してはいない。

8年後の今、この稿が今の国会の状況について書いたもの、
と言ってもほとんど違和感がないことに、暗たんたる思いである。

7月21日の参議院選挙の結果、多少議席は減らしたとはいえ、
自公政権の態勢は変わらず続くことが明らかになった。
国会の体質は、内側からは変わる可能性は小さいということだ。
となると、変えるのは外の力。
私たち国民の力以外にないということである。



 




















2019年6月27日木曜日

55 どうする、“プラごみ大国”日本! ②

前項に続いてプラごみ対策問題。
今回は、その国際動向を調べてみた。
プラごみ輸出の問題もあるが、特に大きな問題となっているのは「海洋プラスチック汚染」。
捨てられたプラスチックが海の生態系をおびやかしているという問題で、地球レベルで早急に考えなくてはならない状況として認識されている。

▼2015年9月/国連SDGs

 SDGs(持続可能な開発目標)は、世界が2016年~2030年の15年間で達成するために掲げた17の目標で、国連が2015年9月「持続可能な開発サミット」で採択したものである。
 その14番目が海洋と海洋資源の保全、「海の豊かさを守ろう」である。
「2025年までに、海洋ごみや富栄養化を含む、特に陸上活動汚染など、あらゆる種類の海洋汚染を防止し、大幅に削減する」としている。
 この SDGsを採択した加盟国193か国には、日本も含まれている。

 

 

▼2016年1月/ダボス会議

「プラスチックごみによる海洋汚染」が、地球環境に及ぼす特に重大な問題として国際的な共通認識になったのは、2016年1月にスイスのジュネーブで開催されたダボス会議での、エレン・マッカーサー財団の報告だったようだ。
財団は「世界の海洋には毎年500万~1300万トンのプラスチックごみが流入し、生態系をおびやかしている」「海水中に含まれるプラスチックごみの量は2050年には、海に生息する魚の重量よりも重くなる」との推計結果を報告したのである。
この会議には、日本から甘利、塩崎、河野の3大臣と日銀の黒田総裁が参加していた。

*エレン・マッカーサー財団
 循環型経済の推進を活動目標とするイギリスの財団。
 2005年にヨットの世界1周単独航海の世界記録を打ち立てたエレン・マッカーサー氏が設立。
    

▼2017年6月/国連海洋会議

初の国連海洋会議が開催され、国や企業、市民社会が持ち寄った海洋環境の改善に向けての行動を起こす仕組みづくりが話し合われた。日本からは、JAMSTEC(海洋開発機構)やアジア太平洋3R推進フォーラムの取り組みなどが持ち込まれた。
この会議には、さかなクン(さかなの帽子でおなじみのあの“さかなクン”)が、プラスチック廃棄物により海が危機的状況にあることと、彼がとるアクションについてのビデオメッセージが寄せられている。(メッセージは、ネットで視聴可)


▼2017年12月/中国

12月末、中国が主として生活由来の廃プラスチックの輸入を禁止。
日本の2017年の廃プラスチックの輸出は143万トン。中国の輸入禁止をうけて日本は、翌年の輸出先を、タイ、マレーシア、ベトナム、台湾に変更した。
中国はペレットについては禁止していなかったので、その輸出は継続された。


▼2018年6月8~9日/G7サミット

カナダで開催された先進国首脳会議(G7サミット)で、「海洋プラスチック憲章」が採択された。
海洋プラスチック汚染の対策として、使い捨てプラスチックの使用量を削減するなど世界各国に具体的な対応を促すもの。
日本は、アメリカと共に署名を拒否。(!?) 数値目標が義務的・期限付きであり、産業界との調整時間不足のためと、環境省は拒否の理由を説明。
しかし、使い捨てプラスチック削減の問題は、1年前の海洋会議ですでに提案されている問題で、その後の1年間、企業に対してどういう働きかけをしてきたのか、その経緯については説明されていない。


▼2018年6月~11月/日本

環境省にプラスチック資源小委員会を設置することを閣議決定。
 (やっと?)
 

▼2018年6月末/国連

国連環境計画(UNEP)が、世界のプラごみ対策状況の調査報告をまとめた。 
それによると、使い捨てプラスチック製品の生産を禁止したり、使用時に課金するなどの規制を導入済みの国・地域が少なくとも67以上あると報告されている。


▼2018年8月~11月/日本

環境省プラスティック資源小委員会8月17日に第1回目を開催。
原則として毎月1回の開催。1回目、2回目は国内外の状況について話し合われた。
第3回会議(10月)に、プラスチック資源循環戦略素案が出た。
11月、パブリックコメント募集。


▼2018年10月/バリ島国際会議

エレンマッカーサー財団がインドネシアのバリ島で、国連環境計画(UNEP)の支援により国際会議「New Plastics Economy Global Commitment」を開催。
世界から290の企業・団体が参加した。コカコーラ、ペプシコ、ネスレ、ダノン、ユニリーバ、アムコア(包装資材)など、いずれもグローバルな事業展開をしているところで、それらが生産しているプラ容器は世界の20%を占めるという。
この会議では、下記のようなプラスチックごみ削減宣言を行った。署名各社は、1年半ごとに自社の実施目標を見直し、達成度を公表するという。

 ●不要なプラ容器削減や、使い捨てプラ製品を再利用型へ切り替える。
 ●プラスチック包装を、2025年までに100%再利用可能な素材に転換する。

この活動には、WWF(世界自然保護基金:世界最大規模の環境NGO )、世界経済フォーラム、
消費財フォーラム(世界の消費財小売り及びメーカーのCEO主導組織)のほか、40の大学・研究機関、学者らも支援を表明している。
 また、欧州投資銀行、BNPパリバ証券(本部:パリ)、ING(オランダ)など15以上の金融機関も参加。プラスチック対策の循環経済を作り出すための支援を約束しているという。

残念ながら、この宣言に日本企業は一つも参加していない。


▼2019年3月/EU

欧州連合(EU)の欧州議会で、ヨーロッパの海岸で最も多く見つかる使い捨てプラスチック製品10品目を、2021年までに禁止することを可決。また2025年までにペットボトルの90%をリサイクルするという目標も含まれている。

 

▼2019年5月/インド

5月に行われた選挙で圧勝し再選されたインドのモディ首相は、2022年までにすべての使い捨てプラスチックを排除すると宣言。


▼2019年6月/カナダ

カナダのトルドー首相は6月10日、2021年までに使い捨てプラスティックの使用を禁止すると宣言。まだ詳細は明らかになっていないが、他にもプラスチック汚染の軽減策を講じると発表した。
下記は、このとき語ったトルドー首相の言葉。

皆さんも記事を読んだり、写真を見たりしたことがあると思いますが、正直父親として子どもたちに説明することは難しいです。あなたはどう説明しますか。世界中の海岸にクジラの死体が打ち上げられ、胃の中にビニール袋がぎっしり詰まっていることを・・・
私はどう説明したらよいのでしょう。太平洋の深層部までプラスチックが存在することを・・・


▼2019年6月/日本

6月3日、環境省がレジ袋有料化の法制を制定する考えを発表。
6月15日、経済産業省が、2020年4月1日よりレジ袋の無料配布禁止を目指すことを発表。


   ・・・・・   ・・・・・   ・・・・・

 
日本は、プラごみ対策ではまさに「周回遅れ」。
その場しのぎの対応しかしてきていないことがよくわかる。
問題の深刻さをとらえていない、今がよければよいのか、自分たちがよければよいのか。
日本国民であることが情けなくなってきた。

元気を出さねば・・・


 
 

 

 

 








  


 




 

2019年6月26日水曜日

54 どうする、“プラごみ大国”日本! ①

 

プラごみ受け入れ国からの怒りの声


 米国、カナダ、日本、オーストラリアなどから汚染プラごみを送り付けられたマレーシアやフィリピンから、怒りの声が上がった。

 プラごみの中には、おむつなどの生活ごみまで入っていたという。フィリピンやマレーシアは、汚染プラごみを国々に送り返すと言っている。当然だろう。
 送ったのは業者であって国ではないと突っぱねていたカナダは、フィリピンのドゥテルテ大統領からの強い抗議を受けて引き取りを受け入れるとともに、6月末に2021年までに使い捨てプラスティックを禁止すると発表した。

 では日本はどうする?
 
 日本は世界第2のプラごみ大国だ。(1位はもちろんアメリカ)
 国連環境計画(UNEP)の報告によれば、日本が1年間に出すプラごみは一人あたり32㎏、全体量にして約400万トンである。リサイクル率84%(残りは焼却)と言いながら、そのうちの半分は他国への輸出だった。
 2016年度の日本のプラごみ輸出量は約153万トン。そのうちの約80万トンを中国、約50万トンを香港に輸出している。香港は最終的に中国に輸出しているので、合計130万トン、つまりプラごみの85%を中国に輸出していたと言ってよい。

 中国は世界から1500万トンの廃プラスチックを輸入し、ペレットにしたのち衣類などに加工していたのだが、廃プラの中に汚染ゴミが混入していてリサイクルの過程で環境汚染が深刻化したため、2017年12月末に外国ごみの輸入を禁止した。そして、中国に代わってプラごみ受け入れ国となったのがフィリピンやマレーシアなど東南アジアの国々だった。
 その国々から抗議の声が上がったのだ。

 日本はどうする?
 プラごみ輸出大国から、そして、そもそものプラごみ大国からどう脱却するのか?


レジ袋有料化


 日本は2020年から、プラ製レジ袋の有償化の方針を出した。
 6月3日に環境省が、無償配布を法令で禁止する考えを発表し、6月15日に経済産業省が来年4月1日からレジ袋有料義務化の実施をめざすと表明した。
 
 なんと控えめな対策・・・
 
 日本で1年間に使われるレジ袋は、重さにして30万2千トンという。
 プラごみ全体量400万トンの7.5%に過ぎない。
 しかも禁止ではなく、有料化。どれほど減らすことができるのか。

 ペットボトルを町中の自動販売機で売り、
 ファストフード店やスーパーでは使い捨て容器が氾濫し、
 野菜や果物などの生鮮食品までプラスチック包装する日本だ。
 もっと根本的な対策を取る必要がある。
 少なくともその方向を出してほしかった。

 プラごみをつくらぬために、製造・流通の方法への新しい知恵が必要だと思う。
 自然に帰る包装材もこれからの研究課題になるだろう。
 そうした研究は、新しい産業の発展にきっとつながっていくはずだ。
 もっと国を挙げての積極的な対策が取られることを期待したい。

 とりあえず我が家は脱レジ袋、脱ペットボトル。マイバッグ、米ボトル持参の生活。

   ・・・・・  ・・・・・  ・・・・・

 もちろん、レジ袋有料化はやらないよりはやった方がよい。
 CO2削減にもつながるのだから。

 世論調査では「レジ袋が有料になったらもらわない」という人の割合は70%であるという。
 1年間に使われるレジ袋の枚数は、最も多く使われているLサイズの袋(6.8g)に換算すると、なんと500億枚くらいになる。
 もしこの対策で、レジ袋使用が70%減になるとしたら、350億枚減らせることになる。
 CO2排出量は33g/1枚なので、35,000,000,000×33=1,155,000,000,000(g)
 つまり、1,155,000トン削減できる。

 (これは、東急世田谷線が自然エネルギー化で1年間に減らす量1263トンの915倍)

2019年5月19日日曜日

53 未来のための金曜日

 46稿で、世界の若者の「地球温暖化対策要求デモ」について書きました。
スウェーデンの高校生グレン・トゥンベリさんが始めたストライキから始まった、世界的な若者の運動です。その運動のことを「未来のための金曜日」と呼んでいることを、新聞で知りました。
 私も、毎週金曜日、それを思い出して、温暖化防止のための行動をしようと思います。

 この日は、電動自転車には乗りません。歩いていきます。
 (我が家は、自動車はもう手放してしまって、ありません。)
 テレビを見る時間を1時間(2時間でも3時間でも)減らす。見なければ最高。
 お風呂は沸かさず、シャワーにする。できるだけエネルギーを使わず過ごす。
 自分ができれば、家族も誘って行う。
 家族が仲間に入れば、お隣さんも、そして友人も誘う。
 金曜日ができれば、もう一日増やす。
 私たちの子の世代、孫の世代、そしてずっと先の未来まで、地球を安心して住める星にしておきたい。

 「隣人愛より尊いものは、未来に生まれてくる者たちのための愛、遠人愛である。」
 哲学者ニーチェが『ツァラトゥストラはかく語りき』の中に書いた言葉です。難しいことばかり言う人だと思っていましたが、この活動にぴったりの言葉を残してくれていました。
 地球は今、隣人愛、同朋愛であふれかえっています。それらは戦争やテロさえ起こす原因となっています。「〇〇ファースト」もその一つでしょう。
 日本は、それに同調することなく、「遠人愛」を選択してほしいものです


2019年5月15日水曜日

52 沖縄は、沖縄の人々に返還されたのか

 きょう5月15日は「沖縄返還の日」である。
 今から47年前の1972年、沖縄の施政権が、アメリカ合衆国より日本国に返還されたのである。
 その際、日本とアメリカの間で交わされた協定の正式名称は、「琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定」というのだそうである。
 
 沖縄は、日本国に返還されたのであって、沖縄自身に返されたのではないのである。
 沖縄には、いまだにアメリカ軍の基地がたくさんある。
 日本にある米軍基地面積の74%が、日本全土の0.6%の面積しかもたない沖縄におかれている。
 日本政府がそう決めているのである。
 沖縄の人々の心に寄り添うと言いつつ、そう決めているのである。

 沖縄の人々は普天間基地の移設を求め、また辺野古新基地建設を求め、住民投票でも、国政選挙でも勝ち続けてきている。
 にもかかわらず、何も変わらない。
 政府は、沖縄の人々の心に寄り添うと言いつつ、美しい沖縄の海に土砂を投入している。
 沖縄は、日本国に返されたのであって、まだ沖縄の人々のもとへは返されていない。
 日本政府は、沖縄をいつ沖縄の人々に返すのか。