2019年6月27日木曜日

55 どうする、“プラごみ大国”日本! ②

前項に続いてプラごみ対策問題。
今回は、その国際動向を調べてみた。
プラごみ輸出の問題もあるが、特に大きな問題となっているのは「海洋プラスチック汚染」。
捨てられたプラスチックが海の生態系をおびやかしているという問題で、地球レベルで早急に考えなくてはならない状況として認識されている。

▼2015年9月/国連SDGs

 SDGs(持続可能な開発目標)は、世界が2016年~2030年の15年間で達成するために掲げた17の目標で、国連が2015年9月「持続可能な開発サミット」で採択したものである。
 その14番目が海洋と海洋資源の保全、「海の豊かさを守ろう」である。
「2025年までに、海洋ごみや富栄養化を含む、特に陸上活動汚染など、あらゆる種類の海洋汚染を防止し、大幅に削減する」としている。
 この SDGsを採択した加盟国193か国には、日本も含まれている。

 

 

▼2016年1月/ダボス会議

「プラスチックごみによる海洋汚染」が、地球環境に及ぼす特に重大な問題として国際的な共通認識になったのは、2016年1月にスイスのジュネーブで開催されたダボス会議での、エレン・マッカーサー財団の報告だったようだ。
財団は「世界の海洋には毎年500万~1300万トンのプラスチックごみが流入し、生態系をおびやかしている」「海水中に含まれるプラスチックごみの量は2050年には、海に生息する魚の重量よりも重くなる」との推計結果を報告したのである。
この会議には、日本から甘利、塩崎、河野の3大臣と日銀の黒田総裁が参加していた。

*エレン・マッカーサー財団
 循環型経済の推進を活動目標とするイギリスの財団。
 2005年にヨットの世界1周単独航海の世界記録を打ち立てたエレン・マッカーサー氏が設立。
    

▼2017年6月/国連海洋会議

初の国連海洋会議が開催され、国や企業、市民社会が持ち寄った海洋環境の改善に向けての行動を起こす仕組みづくりが話し合われた。日本からは、JAMSTEC(海洋開発機構)やアジア太平洋3R推進フォーラムの取り組みなどが持ち込まれた。
この会議には、さかなクン(さかなの帽子でおなじみのあの“さかなクン”)が、プラスチック廃棄物により海が危機的状況にあることと、彼がとるアクションについてのビデオメッセージが寄せられている。(メッセージは、ネットで視聴可)


▼2017年12月/中国

12月末、中国が主として生活由来の廃プラスチックの輸入を禁止。
日本の2017年の廃プラスチックの輸出は143万トン。中国の輸入禁止をうけて日本は、翌年の輸出先を、タイ、マレーシア、ベトナム、台湾に変更した。
中国はペレットについては禁止していなかったので、その輸出は継続された。


▼2018年6月8~9日/G7サミット

カナダで開催された先進国首脳会議(G7サミット)で、「海洋プラスチック憲章」が採択された。
海洋プラスチック汚染の対策として、使い捨てプラスチックの使用量を削減するなど世界各国に具体的な対応を促すもの。
日本は、アメリカと共に署名を拒否。(!?) 数値目標が義務的・期限付きであり、産業界との調整時間不足のためと、環境省は拒否の理由を説明。
しかし、使い捨てプラスチック削減の問題は、1年前の海洋会議ですでに提案されている問題で、その後の1年間、企業に対してどういう働きかけをしてきたのか、その経緯については説明されていない。


▼2018年6月~11月/日本

環境省にプラスチック資源小委員会を設置することを閣議決定。
 (やっと?)
 

▼2018年6月末/国連

国連環境計画(UNEP)が、世界のプラごみ対策状況の調査報告をまとめた。 
それによると、使い捨てプラスチック製品の生産を禁止したり、使用時に課金するなどの規制を導入済みの国・地域が少なくとも67以上あると報告されている。


▼2018年8月~11月/日本

環境省プラスティック資源小委員会8月17日に第1回目を開催。
原則として毎月1回の開催。1回目、2回目は国内外の状況について話し合われた。
第3回会議(10月)に、プラスチック資源循環戦略素案が出た。
11月、パブリックコメント募集。


▼2018年10月/バリ島国際会議

エレンマッカーサー財団がインドネシアのバリ島で、国連環境計画(UNEP)の支援により国際会議「New Plastics Economy Global Commitment」を開催。
世界から290の企業・団体が参加した。コカコーラ、ペプシコ、ネスレ、ダノン、ユニリーバ、アムコア(包装資材)など、いずれもグローバルな事業展開をしているところで、それらが生産しているプラ容器は世界の20%を占めるという。
この会議では、下記のようなプラスチックごみ削減宣言を行った。署名各社は、1年半ごとに自社の実施目標を見直し、達成度を公表するという。

 ●不要なプラ容器削減や、使い捨てプラ製品を再利用型へ切り替える。
 ●プラスチック包装を、2025年までに100%再利用可能な素材に転換する。

この活動には、WWF(世界自然保護基金:世界最大規模の環境NGO )、世界経済フォーラム、
消費財フォーラム(世界の消費財小売り及びメーカーのCEO主導組織)のほか、40の大学・研究機関、学者らも支援を表明している。
 また、欧州投資銀行、BNPパリバ証券(本部:パリ)、ING(オランダ)など15以上の金融機関も参加。プラスチック対策の循環経済を作り出すための支援を約束しているという。

残念ながら、この宣言に日本企業は一つも参加していない。


▼2019年3月/EU

欧州連合(EU)の欧州議会で、ヨーロッパの海岸で最も多く見つかる使い捨てプラスチック製品10品目を、2021年までに禁止することを可決。また2025年までにペットボトルの90%をリサイクルするという目標も含まれている。

 

▼2019年5月/インド

5月に行われた選挙で圧勝し再選されたインドのモディ首相は、2022年までにすべての使い捨てプラスチックを排除すると宣言。


▼2019年6月/カナダ

カナダのトルドー首相は6月10日、2021年までに使い捨てプラスティックの使用を禁止すると宣言。まだ詳細は明らかになっていないが、他にもプラスチック汚染の軽減策を講じると発表した。
下記は、このとき語ったトルドー首相の言葉。

皆さんも記事を読んだり、写真を見たりしたことがあると思いますが、正直父親として子どもたちに説明することは難しいです。あなたはどう説明しますか。世界中の海岸にクジラの死体が打ち上げられ、胃の中にビニール袋がぎっしり詰まっていることを・・・
私はどう説明したらよいのでしょう。太平洋の深層部までプラスチックが存在することを・・・


▼2019年6月/日本

6月3日、環境省がレジ袋有料化の法制を制定する考えを発表。
6月15日、経済産業省が、2020年4月1日よりレジ袋の無料配布禁止を目指すことを発表。


   ・・・・・   ・・・・・   ・・・・・

 
日本は、プラごみ対策ではまさに「周回遅れ」。
その場しのぎの対応しかしてきていないことがよくわかる。
問題の深刻さをとらえていない、今がよければよいのか、自分たちがよければよいのか。
日本国民であることが情けなくなってきた。

元気を出さねば・・・


 
 

 

 

 








  


 




 

2019年6月26日水曜日

54 どうする、“プラごみ大国”日本! ①

 

プラごみ受け入れ国からの怒りの声


 米国、カナダ、日本、オーストラリアなどから汚染プラごみを送り付けられたマレーシアやフィリピンから、怒りの声が上がった。

 プラごみの中には、おむつなどの生活ごみまで入っていたという。フィリピンやマレーシアは、汚染プラごみを国々に送り返すと言っている。当然だろう。
 送ったのは業者であって国ではないと突っぱねていたカナダは、フィリピンのドゥテルテ大統領からの強い抗議を受けて引き取りを受け入れるとともに、6月末に2021年までに使い捨てプラスティックを禁止すると発表した。

 では日本はどうする?
 
 日本は世界第2のプラごみ大国だ。(1位はもちろんアメリカ)
 国連環境計画(UNEP)の報告によれば、日本が1年間に出すプラごみは一人あたり32㎏、全体量にして約400万トンである。リサイクル率84%(残りは焼却)と言いながら、そのうちの半分は他国への輸出だった。
 2016年度の日本のプラごみ輸出量は約153万トン。そのうちの約80万トンを中国、約50万トンを香港に輸出している。香港は最終的に中国に輸出しているので、合計130万トン、つまりプラごみの85%を中国に輸出していたと言ってよい。

 中国は世界から1500万トンの廃プラスチックを輸入し、ペレットにしたのち衣類などに加工していたのだが、廃プラの中に汚染ゴミが混入していてリサイクルの過程で環境汚染が深刻化したため、2017年12月末に外国ごみの輸入を禁止した。そして、中国に代わってプラごみ受け入れ国となったのがフィリピンやマレーシアなど東南アジアの国々だった。
 その国々から抗議の声が上がったのだ。

 日本はどうする?
 プラごみ輸出大国から、そして、そもそものプラごみ大国からどう脱却するのか?


レジ袋有料化


 日本は2020年から、プラ製レジ袋の有償化の方針を出した。
 6月3日に環境省が、無償配布を法令で禁止する考えを発表し、6月15日に経済産業省が来年4月1日からレジ袋有料義務化の実施をめざすと表明した。
 
 なんと控えめな対策・・・
 
 日本で1年間に使われるレジ袋は、重さにして30万2千トンという。
 プラごみ全体量400万トンの7.5%に過ぎない。
 しかも禁止ではなく、有料化。どれほど減らすことができるのか。

 ペットボトルを町中の自動販売機で売り、
 ファストフード店やスーパーでは使い捨て容器が氾濫し、
 野菜や果物などの生鮮食品までプラスチック包装する日本だ。
 もっと根本的な対策を取る必要がある。
 少なくともその方向を出してほしかった。

 プラごみをつくらぬために、製造・流通の方法への新しい知恵が必要だと思う。
 自然に帰る包装材もこれからの研究課題になるだろう。
 そうした研究は、新しい産業の発展にきっとつながっていくはずだ。
 もっと国を挙げての積極的な対策が取られることを期待したい。

 とりあえず我が家は脱レジ袋、脱ペットボトル。マイバッグ、米ボトル持参の生活。

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 もちろん、レジ袋有料化はやらないよりはやった方がよい。
 CO2削減にもつながるのだから。

 世論調査では「レジ袋が有料になったらもらわない」という人の割合は70%であるという。
 1年間に使われるレジ袋の枚数は、最も多く使われているLサイズの袋(6.8g)に換算すると、なんと500億枚くらいになる。
 もしこの対策で、レジ袋使用が70%減になるとしたら、350億枚減らせることになる。
 CO2排出量は33g/1枚なので、35,000,000,000×33=1,155,000,000,000(g)
 つまり、1,155,000トン削減できる。

 (これは、東急世田谷線が自然エネルギー化で1年間に減らす量1263トンの915倍)

2019年5月19日日曜日

53 未来のための金曜日

 46稿で、世界の若者の「地球温暖化対策要求デモ」について書きました。
スウェーデンの高校生グレン・トゥンベリさんが始めたストライキから始まった、世界的な若者の運動です。その運動のことを「未来のための金曜日」と呼んでいることを、新聞で知りました。
 私も、毎週金曜日、それを思い出して、温暖化防止のための行動をしようと思います。

 この日は、電動自転車には乗りません。歩いていきます。
 (我が家は、自動車はもう手放してしまって、ありません。)
 テレビを見る時間を1時間(2時間でも3時間でも)減らす。見なければ最高。
 お風呂は沸かさず、シャワーにする。できるだけエネルギーを使わず過ごす。
 自分ができれば、家族も誘って行う。
 家族が仲間に入れば、お隣さんも、そして友人も誘う。
 金曜日ができれば、もう一日増やす。
 私たちの子の世代、孫の世代、そしてずっと先の未来まで、地球を安心して住める星にしておきたい。

 「隣人愛より尊いものは、未来に生まれてくる者たちのための愛、遠人愛である。」
 哲学者ニーチェが『ツァラトゥストラはかく語りき』の中に書いた言葉です。難しいことばかり言う人だと思っていましたが、この活動にぴったりの言葉を残してくれていました。
 地球は今、隣人愛、同朋愛であふれかえっています。それらは戦争やテロさえ起こす原因となっています。「〇〇ファースト」もその一つでしょう。
 日本は、それに同調することなく、「遠人愛」を選択してほしいものです


2019年5月15日水曜日

52 沖縄は、沖縄の人々に返還されたのか

 きょう5月15日は「沖縄返還の日」である。
 今から47年前の1972年、沖縄の施政権が、アメリカ合衆国より日本国に返還されたのである。
 その際、日本とアメリカの間で交わされた協定の正式名称は、「琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定」というのだそうである。
 
 沖縄は、日本国に返還されたのであって、沖縄自身に返されたのではないのである。
 沖縄には、いまだにアメリカ軍の基地がたくさんある。
 日本にある米軍基地面積の74%が、日本全土の0.6%の面積しかもたない沖縄におかれている。
 日本政府がそう決めているのである。
 沖縄の人々の心に寄り添うと言いつつ、そう決めているのである。

 沖縄の人々は普天間基地の移設を求め、また辺野古新基地建設を求め、住民投票でも、国政選挙でも勝ち続けてきている。
 にもかかわらず、何も変わらない。
 政府は、沖縄の人々の心に寄り添うと言いつつ、美しい沖縄の海に土砂を投入している。
 沖縄は、日本国に返されたのであって、まだ沖縄の人々のもとへは返されていない。
 日本政府は、沖縄をいつ沖縄の人々に返すのか。
 
 

2019年5月14日火曜日

51 国書由来というけれど・・・

 4月1日、新元号「令和」が発表された。
 「れいわ」と読む。令の字は、「大化」以来248の元号で初めて使われた字だという。
 そしてもう一つ「初めて」がある。出典が万葉集、国書由来というのが初めてというのである。

 「令和」は、万葉集の第五巻に収められた「梅花三十二首」の序文からとったという。
 天平2(730)の1月に、大宰府の大伴旅人邸に山上億良らが集まって宴をひらき、歌を詠んで楽しんだ時のものである。大伴旅人というのは、万葉集選者大伴家持の父である。

 政府は、この「初めての国書由来」を強調、 安倍首相がわざわざ時間をとってTV放送で説明したほどである。多くのナショナリストたちも大いに評価しており、この新元号の決定について中国が悔しがっていると評する者も多かった。
 しかしながら私は、この国書由来をことさらに強調し、中国文化に対抗するような雰囲気を感じさせる物言いに違和感がある。


★万葉集は、中国文化の活用によってできた


 「令和」は、序文の下記の部分からとられた。

    初春令月 気淑風和 梅披鏡前之粉 蘭薫珮後之香

 序文は見ての通り漢文で、読み下し文にすると「初春の令月にして、気よく風やわらぎ、梅はきょうぜんのこをひらき、蘭ははいごの香をくゆらす」と読む。「令」は良いという意味で、初春の良い月で天気もよく、風もおだやかと、宴の日をたたえる文であるという。

 漢文は、記録手段・表現手段として日本文化に長く貢献した。平安中期の代表的な学者であり政治家でもある菅原道真は、漢詩文に秀で、学問の神とたたえられた。このころの貴族は日記を漢文で書いており、仕事の場のみでなく日常的に漢文を使用していたことがわかる。また、漢学者藤原為時の娘の紫式部が、幼いころ兄と共に漢籍を学んだということがもよく知られている。

 古代の日本は固有の文字は持っておらず、漢文を利用することと併行して、漢字の音だけを利用して日本語を表記するという方式を生み出した。
 遺跡から発見された剣や木簡に残された文字の分析から、5世紀ごろにはその方式は始まっており、7世紀ごろに確立したと考えられている。下記は、大阪の難波宮跡で発掘された木簡に記された11文字とその読み方である。

    皮留久佐乃皮斯米之刀斯 (はるくさのはじめのとし)

 この方式は、いわゆる万葉仮名と呼ばれるものである。万葉集で多く使われていることからその名がついた。万葉集では、漢文と万葉仮名とが混在している。序文は漢文で書きつつ、歌は「やまとことば」で詠み、漢字の音で表記して日本人の感性を表現した。
 そして、万葉仮名からさらにカタカナ、平仮名を生み出していき、日本語の世界を広げていった。これは、日本と中国の文化が融合した結果と言えるのではないか。


★日本文化の特性は“融合”と“創造”


 日本の衣・食・住の文化、そこに使われている技術、そして芸能、さまざまな文化には、中国・朝鮮あるいはインドや中東の文化の影響を一つも受けずに存在しているものはないと言ってよいだろう。
 その一方で今日、日本の文化、『和』の世界はその独創性を世界から認められている。
 各国の文化を取り込んで融合させる中で、さまざまな独創的なものを生み出す、それが日本文化の特性なのではないかと思う。これは、むしろ誇るべきことではないかと思う。
 そして、「この『和』の文化は、貴国の文化あってこそのものです」という姿勢こそ、近隣諸国との友好を築くものとなるのではないだろうか。
 

★平安時代、主要氏族の1/3は渡来系


 私は数十年前、大学で文化史を学んだのであるが、そこで私の考えを大きく変えた書物『新選姓氏録(しんせんしょうじろく)』と出会った。
 『新選姓氏録(しんせんしょうじろく)』とは、平安初期の815年に編纂された当時の氏族名観で、京および畿内(当時の首都圏。山城、大和、河内、泉、摂津)に住む主要氏族1182氏について、その祖先や氏の名の由来などを整理したものである。

 1182氏は、その出自により大きく「皇別」「神別」「諸蕃」の3つに分類されている。皇別は天皇家から分かれた氏族、神別は天皇家が成立する前から存在していた日本古来の氏族である。
 そして最後の諸蕃が注目すべきもので、これは渡来系の氏族であり、326氏があげられている。
 326氏というのは、1182氏の28%、およそ1/3といってもよいほど渡来系の氏族が存在していたのである。

 これらの氏族は、古くは5世紀ごろから、学者・技術者として迎えられ、また政治的亡命者として朝鮮半島から渡ってきた人々である。製鉄、土器製作、農耕技術、土木・灌漑技術、養蚕、機織り、そして漢字、芸能などさまざまな技術を持って渡来し、政権内で役人として仕えたものも少なくない。
 氏族の数が1/3だからといって、人口の1/3が渡来系の人々であったとは言えないが、首都圏に相当数居住していたことは間違いのないところだろう。そしてやがて、それらの人々が地方の開拓にも力を発揮していく。そこかしこに渡来人由来の地名があり、史跡があることからもそのことがわかる。残されたものから、日本の国づくりの原動力となり、文化の担い手になっていたことが読み取れる。

 例えば、このJADECの事務所のある新座は、かつては新羅郡といって、1300年ほど前に新羅人たちが移住した土地である郡というのは、大和政権の行政区画で、50戸を一単位とする郷がいくつか集まって構成したもので、当初は300人ぐらいで構成、平安中期には千数百人規模になっていたと考えられている。(現在の志木駅周辺、それからもう少し南部の大和田あたりだと言われている。)
 同じ埼玉には、新羅郡よりはるかに大きい規模の高麗郡も存在していた。こちらは716年に、それ以前に相模・駿河・甲斐など7か国に居住していた高句麗系渡来人1799人を移住させたという記録が残っている。現在の日高市を中心としたあたりである。
 新羅郡は平安中期に「新座(にいくら)」、現在は「にいざ」と名前を変えたが、高麗郡は明治期にもその名が存在し、高麗(こま)は今も地名として残っている。
 
 渡来人たちは持っている技術で土地を開拓し、大きく発展させた。また渡来人のみで孤立していたわけではなく、在来の氏族とも積極的に交流し、婚姻を結び同化していった。
 代表的なのは百済系渡来人である秦(はた)氏で、山城に強大な勢力圏を築いた。桓武天皇の平安遷都にはその財力と技術力が大いに貢献したとも言われている。また、桓武天皇の母となった高野新笠(たかののにいがさ)は百済の武寧王の後裔とされる和(やまと)氏出身であることが、平安初期の勅撰史書である続日本紀(しょくにほんぎ)に書いてある。
  
 勅撰史書:天皇の命令によってつくられた歴史書。


★文化史的背景をおさえて


 さまざまな事実を見ていくと、現代の日本は、渡来人の力なくしては築けなかったということを実感する。いや、日本人、渡来人と分けて考えるのも正しくないかもしれない。現代の日本人そのものが、渡来人の子孫でもあると言っても間違いではないからである。
  
 そうした時代を積み重ねた文化的背景、人々の交流の歴史をおさえて、これからの国のありよう、近隣の国々とのつき合い方を考えていくことができたら、素敵だなあと思うのである。
 
 



 
 




2019年5月12日日曜日

50 預金をりそなに移します

 核廃絶や脱原発、デモや署名活動以外にもできることを考えよう。

★日本の7金融機関、核兵器製造企業に2兆円融資


 昨年3月、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)が、オランダの平和団体PAXと共に行った調査の結果を発表した。世界全体では24カ国329の金融機関が5250億ドル(約55兆円)を提供、日本の7つの金融機関からも、少なくとも185億ドル(約2兆円)が核兵器製造企業に資金提供されているという。
 (ICANというのは、2017年ノーベル平和賞を受賞した、あのICANである。)


★欧州で広がる、核兵器製造企業への投資禁止運動 

2017年7月に「核兵器禁止条約」が国連で採択され、欧州を中心に核兵器製造企業への投融資を禁止する銀行や投資家がふえているという。
  核兵器製造企業に融資するということは、核の脅威を高めることを支援していることになるからである。「核兵器禁止条約」では「核兵器への援助行為」も禁止項目に含まれているのである。

 しかし、日本国内ではなかなかそうした動きが見えてこない。それどころか、国内有数の金融機関が核兵器製造企業に2兆円もの融資をしていた。世界で唯一の被爆国日本、核の恐ろしさを心の底からわかっているはずの日本、核廃絶を目指しているはずの日本であるのに・・・・・・

 ICAN構成団体のピースボートは、核兵器製造企業への資金提供が明らかになった国内の7金融機関に対して、「日本は唯一の被爆国。核兵器製造企業への融資をどう捉えているのか」など質問状を送り、今後、全国銀行協会への申し送りなども行って行くという。
 同時に、市民に対して、次のような呼びかけを行っている。
 「金融機関からの提供を止めることで、企業が核兵器製造から撤退していくことを促したい。市民の皆さんは、名前の上がった金融機関に声を上げてほしい。それでも各行が資金提供を止めないなら、そうした銀行との取引をやめよう。」
 そうか、それだ! その手があった。そしてもっと積極的な手が・・・・・・

★“りそな銀行”を応援しよう

日本の大手銀行の一つ“りそな銀行”は、昨年11月に核兵器を開発・製造・所持する企業に対して融資を行わない方針を定め、公表した。
 りそな銀行はこれまでも、そうした企業に対する融資は行ってこなかったのであるが、それを明文化したのである。

 『社会的責任投融資に向けた取り組み』と題する文書には、「核兵器・化学兵器・生物兵器等の大量破壊兵器や、対人地雷・クラスター弾等の非人道的な兵器の開発・製造に関与する先や、国内外の規制・制裁対象となる先、またそのおそれのある先への融資は行いません」と明記している。
 また、「人身売買等の人権侵害への加担」、児童労働、強制労働への関与が認められる企業や、「環境に重大な負の影響を及ぼすおそれのある開発プロジェクト等」への融資も行わないとしている。

 核兵器製造を使途とする融資を禁止する例はあるが、それ以外の目的であっても該当企業には一切融資はしないと宣言したもので、こうした取り組みは国内大手銀行では初めてだという。

 私は、今、預金口座をりそな銀行に移すことを計画している。
 











2019年5月11日土曜日

49 CO2排出量、削減のカギを握るのは・・・ 

 前稿に続き、CO2排出量削減問題。

★CO2は、1750年以前と比べて46%も増加している


 過去80万年ほとんど変化しなかった大気中のCO2濃度は、産業革命の頃から増加し始め、気象庁の2019年3月のデータによれば、1750年(産業革命)以前と比べて、46%も増加しているという。そしてその増加の勢いは、年々勢いを増しているというのだ。

 人類が長く生存していくためには、大気の構成要素のバランスを崩さないということが大変重要である。しかし、森林減少によりCO2排出量に見合うO2(酸素)の供給量が減少しており、この勢いが進んでいけば、そう遠くない将来(われわれの子どもや孫の世代)に危険な状態を生み出すのは間違いない、多くの研究者たちがそう警告している。
 (最近の気象の異変は、既にそれが始まっていることを感じさせる。)
 
《参考》 大気中のCO2濃度、過去80万年で最高レベル
    https://www.businessinsider.jp/post-167043


★CO2排出大国日本

    
 われわれの子や孫の世代、その先の世代に安心安全な地球を残すには、早急にCO2の排出量を抑える行動を起こすしかない。日本にはその責務がある。何しろ日本は全体量では世界5位、一人当たりでは世界4位のCO2排出大国なのである。



★CO2総排出量の17.9%が運輸部門、その元凶は・・・


 では、どこから、どう抑えていくのか。鉄道の話に戻って考える。

 世田谷線が再生エネルギーに転換することで削減できるCO2の排出量は1260トン。
 これは、日本人が出しているCO2全体のどれくらいに当たるのだろうか。

 国土交通省発表のデータを見ていく。
 それによれば、2017年度における日本のCO2の総排出は11億9000万トン。
 (前掲の2015年排出量より4300万トンも増加している・・・)
 下図は、その部門別排出量を示したものである。
 円グラフの赤で示されたところが運輸部門で、2億1300万トン、全体の17.9%を占める。


 その内訳が、次のグラフであるが、鉄道部門は最も下の黄緑色の部分。
 CO2排出量は867万トンで、割合は4.1%となっている。

 ダントツに多いのは、個人個人が使っているところの自家用乗用車で、排出量は9850万トン。運輸部門全体のほぼ半分、46.7%を占めている。鉄道の約11.3倍にもなっている。
 乗用車による輸送は年々増加しているとはいえ、鉄道の2倍強でしかない。輸送量に対してCO2排出の割合が半端なく高いということである。
 旅客一人当たりで計算すると、鉄道は1kmいくのに19gしか排出しないのに対し、自動車はその約7.3倍の137gもCO2を排出するのである。
 
 

 データを見ると、鉄道はCO2排出にかけては優等生なのである。
 その優等生が、さらに削減の努力をしているというのが、世田谷線の話なのである。

 それに比べると、自家用車に乗っている人たちは、のん気すぎるではないか。
 自家用車を利用している人たちは、自分たちがこんなにCO2を排出しているということを知っているのか。自家用車での移動は、ドアTOドアで乗り換えもなく、荷物の持ち運びも楽である。
 しかし、それを良しとして、安易に使っていることが、自分たちの子や孫や、その次の世代の生活や命をおびやかしているということに、気づかなければならない。

 ★マイカーから公共交通へ!


 車で週1回、片道5キロのところを往復して通っていたとする。
 往復10キロで1370gのCO2を排出することになる。
 これを自転車で行くことにし、それを1年間(52週間)続けるとすると、71.2kgの削減になる。 

 まず、そんなことから始めてみてはどうかと勧めたい。
 他の交通機関がある場合は、できるだけそれを利用する。
 健康で、一人で行動できる場合は、切り替えはできるはず。
 いや、しなければならない。
 
 何ができるか、一つ一つ考え、行動する仲間を増やしていこう。
 一人からでも始めるということが大事だと、グレタさんが教えてくれたのだから・・・(46稿参照)