2019年3月25日月曜日

43 サクラの開花宣言

 3月21日、気象庁は東京と福岡で、ソメイヨシノが開花したということを発表した。いわゆるサクラの開花宣言である。
 日本では、サクラの咲く時期になると、各地の気象台がその地域のサクラの開花状況を観察して、開花宣言というものを行う。標本木としている桜の木(ソメイヨシノ)の花が5~6輪咲いているのが確認できると、「開花した!」と発表するのである。今年は、長崎が3月20日で一番早かった。

 毎年TVで、標本木となっているサクラの開花宣言のための観察風景が報道される。東京における標本木は靖国神社にあり、今年は2度3度と観測している様子が報道された。まわりを何十人もの報道関係者が取り囲んで、気象庁の職員の口から開花したという発表が出るのを待っている。
 
 長崎で開花が確認された20日、東京では確認とはならなかった。眼の良い若い女性記者が、そこにもあそこにも咲いているというのだが、初老の職員には大きな木の上の方はなかなか確認できず、双眼鏡を持って来たりして見たのだが、その日はついに開花確認とはならなかった。
 その様子を見ていて、なんだかおかしくなってしまった。実際に咲いていても、気象庁の役人が開花したと宣言しなければ、桜は開花したことにならないのである。

 気象庁が、サクラの開花日を記録するのは、気象の変化をとらえるために必要なことだと思う。標本木を決め、開花と判断するための花の数をを決めておくというのも道理である。しかし、それをメディアがこんなに何日も大騒ぎして取り上げるというのはどういうことなのだろう。
 それより、どこの公園は一部咲き、何々通りの桜並木はもう三分咲きだというような情報の方が意味があるのではないか、と思うのだがどうなのだろう。

 そういえば、同じ気象庁関連で、似たようなものに「梅雨入り宣言」「梅雨明け宣言」がある。その前後の梅雨前線の発達状況や停滞状況等から、「梅雨入りしたとみられる」「梅雨が明けたとみられる」と発表するあれである。梅雨入り宣言をしたにもかかわらず雨が降らなかったりすると、そのときは「空梅雨(からつゆ)」と言い、梅雨明け宣言をした後でまた雨が続いたりすると「戻り梅雨」と言ったりする。
 気象庁にとっては「梅雨入り宣言」「梅雨明け宣言」は意味のあるものではなく、一般の人からのぜひやってくれと言う声があまりにも多いので、仕方なくやっているものだという。実際の梅雨入り、梅雨明けの判断は、その後の状況もずっと観測して、数カ月後に判断するそうだ。
 日本人は、権威あるところに判断を託すのが好きなのだろうか。

 開花宣言や梅雨入り宣言があったから、ああそんな季節になったかと思うのではなく、日常の街歩きの中で、木々や草花の変化、あるいは雲の形や空の色から、自分の力で季節の変化を感じたいものだ。また、それと同時に、一年一年の変化に敏感でありたいと思う。それが、私たちの子や孫、そしてずっと後の人々にこの自然を残していく力の基になると思うからである。

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