2020年7月21日火曜日

64 情緒的ことばより、科学的・経済的根拠を

「適切に対処していく」
「万全の処置をとる」
「これまでにない発想で」
「機動的に、必要かつ十分な」
「間髪を入れずに」
「一気呵成に」
「速やかに対処する」

形容詞をちりばめた首相の言葉。
しかし何の根拠も示されないその対策。
前から感じて来たことではあったが、
今回のコロナ対策では状況の展開が速く、数々の対策の失敗が目に見えるので、
余計言葉の空しさを強く感じる。

「世界最大級の」「空前絶後の」と自負する経済対策も、
「真水は少ない」ともっぱらの評判だ。

緊急事態宣言解除の際の、
「日本モデルの力を示した」という言葉には思わず笑ってしまった。
日本モデルって何?

一斉休校、布マスク配布、外出自粛、
37.5℃4日間自宅待機、PCR検査抑制、
なかなか届かぬ定額給付金、むずかしい持続化給付金申請・・・

日本モデルとは「首相の思いつき+国民の我慢」ということか?
力も金も出し惜しみの対策か?
不満の声が大きくなったら、政策を手直しする方式か?

首相の思いが込もった言葉より、
その対策の科学的根拠、経済的根拠が欲しい。
もっと医療の現場や、困窮の現場の実態を見極めた対策が欲しい。
そしてもっと仕事の実務を踏まえた対策が欲しい。

また、その対策の欠陥が明らかになったときには、
それを速やかに認める勇気と、
一気呵成に方向を修正する行動力が欲しい。




2020年6月29日月曜日

63 マスク配布プロジェクトはなぜ実施されてしまったのか

全世帯2枚ずつのマスク配布プロジェクトは、首相が宣言した4月1日から2ヵ月半後の6月15日終了した。
しかし、このマスク配布、極めて評判が悪い。
いくつかのアンケート調査では、75~80%の人が「このマスクを使わない」と答えている。私の周辺でも、使うと言っている人はほとんどいない。


アベノマスクを使わぬ理由


第一はマスクの形状。大人には小さすぎ顎が出てしまう、話をしたりするとずり上がってきてしまう、耳が痛くなる、等々。

第二にかけられた経費。当初発表された額は466億円! たかが2枚のマスクにそんなに莫大な費用をかけるとは・・・(最終的には260億になったそうだが、それでも莫大だ。)

そして第三は、届くのが本当に遅かったこと。不良品の検品などがあったため、配布が本格的になったのは5月の半ば過ぎ。(我が家は6月3日)不織布のマスクも出回りはじめ、ネットの価格も下がり、服飾メーカーがオシャレなマスクを売り出しはじめた頃。手作りした人も多くなっていて、いまさら感が満載。


そもそもは、たんなる思いつき


この首相肝いりのプロジェクトは、最初から評判が悪かった。
「エイプリルフール?」と揶揄され、その経費の莫大さから「ばかげた計画」「もっとその費用を有効に使ってほしい」と多くの国民や野党議員から声が上がった。

にもかかわらず、この計画は強行された。途中、変色やゴミ・虫の混入など不良品が多く発見され、検品を行う必要が発生したりしたこともあって、更に評判が悪くなった。

計画の発端は、首相側近からの進言によるという。
中国に依存していたマスクが手に入らなくなり日本中がパニック状態に陥っていた頃のこと、「マスクを配ればあっという間に国民の不安はおさまる」と言われ、すぐ採用したという。
一斉休校同様、深く考えたものではなく、いわば思いつきの政策である。


効果あるプロジェクトにするための仕事をしたのか


思いつきが悪いというわけではない。
トップの思いつきを、効果ある政策に仕上げていくのが部下の仕事、官僚の仕事だろう。
国民の間で最初から疑問視されていたその形状、その調達・配布経費、それを真剣に検討したのだろうか。

候補になったマスクを実際につけて見たか。
これは大人には適さないと思わなかったのか。

466億円という試算がされたとき、これは問題だと思わなかったのか。
マスク配布宣言より前、アイリスオーヤマが、工場の一部を改修しマスク製造工場を作ることを発表していた。建設費用30億円。最終的には月1億5千万枚製造できるというその工場では100人の雇用も生まれるという。
仮に466億円をマスク工場建設につぎ込むとすれば、単純計算で30のマスク工場ができ、月45億枚のマスクが生産でき3000人の雇用が生まれることになる。
それと比較すると、マスク配布はあまりにも費用対効果が小さい・・・・
とは思わなかったのか。

また、5000万世帯に配布するには2ヵ月以上かかるという予測は立てられなかったのか。
困っているそのときに洗いのきくマスクをもらえれば、多少形状に問題があっても、ありがたいと思えたかもしれない。
しかし、そう思える期間はせいぜい2週間ぐらいだろう。1ヵ月後ではどうなのか。
まして、2カ月後に1世帯にマスク2枚をもらって国民がありがたがるわけがない。

2ヵ月以上かかるという予測がなされて、実施されたのだとしたら、余りにもお粗末な判断だ。国民が、2カ月間何も対策を打たずに、ただ嘆いていると思ったのか。

何も予測を立てずに、実施されていたのだとしたら。あまりにもずさんな計画だ。
企業でプロジェクトを計画するときの重要な仕事に、工数計算というものがある。
その仕事はどういう工程から成り立つか、どういう人材がどのぐらい必要で、どのぐらい時間がかかるかといったことを、予測し算出するものである。
プロジェクトの目的を適切に果たすためには、そうした作業が欠かせないが、このマスク配布プロジェクトでは、それがなされたのであろうか。


はだかの王様


マスク配布プロジェクト、心の中では「これは愚策だ」と思った官僚たちは結構いたのではないか。しかし問題点をきちんと指摘し、換言したものはいなかったということだ。

このマスク配布プロジェクトから私は、「はだかの王様」を連想した。
愚か者には見えないという「魔法の布」、
国民があっという間に安心するという「布マスク」。

インチキを、インチキだと言わない家来たちにとりまかれている「王様」。
子どもに裸であることを指摘され、国民から笑われて、やっと気がついた「王様」。
何だか似ている。

マスク配布のような愚策が大見得切って実施される日本。
それは、まっとうな政策が実施されていないことを象徴しているような気がする。
このままにしていては、日本は立ち行かなくなるのではないか。
われわれ選挙民は、「王様ははだかだ!」と言って、大人たちの目を覚ました子どものように、
行動を起こさなくてはならない。



































2020年6月25日木曜日

62 ため息が出るほど遅い その3

国の仕事はため息が出るほど遅い。
しかし、日本でも素早く対応したところがあった。

小さな自治体が・・・


コロナ対策としての補正予算が成立した4月30日、その日に全住民に給付金10万円を振り込んだ自治体がある。
北海道東川町と青森県西目屋村である。
また、新潟県粟島浦村は、1日遅れの5月1日に振り込んだ。
いずれも小規模な自治体だ。

予め、銀行や信用金庫に話しをつけ、そこから振り込んでもらったという。
いずれ国から自治体に対して支給されたら、町(村)が銀行や信用金庫に返済するという方式をとったというのであ。

国からお金が来るのを待ってからではなく、先に配ってしまう。
すごいアイディアだ。
小さい自治体だから出来たのだ。
規模が小さいから、住民の情報は把握しやすい。
改めて調査しなくても既に情報をつかんでいたのではないか。
給付金の規模も小さいから、銀行や信用金庫も資金を動かしやすく、早く対応できた。ということではないか。

仕事の桁は小さく・・・国から自治体へ


仕事を早くするポイント、この辺にありはしないか。
規模が大きくなると、それだけ時間がかかる。
全体を調整する仕事、中央から末端への連絡業務も出て来る。
国が、小さい仕事、しかし膨大な量の仕事を、現場とは程遠い机上で計画・設計し、指令するという形が、仕事を遅くしてしまっているのではないか。

この数カ月、それぞれの自治体はかなりいろいろ考えてコロナ対策を実施したようだ。
よい成果が表れたところも少なくない。
しかし、できる範囲が狭く、予算も少ないので、苦労したようだ。
国が権限を握りすぎ、また予算を握りすぎているからだ。

何もかにも国が決めて、指令するというのではなく、
もっと自治体に予算を渡して、自治体の裁量で行なえることを増やしていく方が良いのではないか。
自治体によって、コロナの感染状態はかなり異なっているので、それぞれの状況に応じた対策をとることが出来るだろう。

第二波、第三波の流行に備えて考えてほしいことである。



2020年6月23日火曜日

61 ため息が出るほど遅い その2

国の仕事というのは、どうしてこんなに遅いのか。
コロナ対策で感じたことである。
マスクの場合は必要性の低いマスクの場合は、ただあきれていても済むが、
生活が逼迫しているものにとっての給付金は、そうはいかない。

定額給付金の場合


逼迫している人への30万円という当初の対策から、国民全員への一律10万円給付に変更されたのは、不公平ではないからということもあったが、全員一律の方が処理が速いというのが大きな理由になっていたと思う。
給付が決定したのは4月30日。
しかし、多くの国民が手にしたのは、6月になってからのようだ。

実際の給付は各自治体に委託され、行われている。
私の住む新座市からは5月半ばに連絡文書が届き、それによると、26日以降に申請の書類が送られその後1~2週間後に入金されるというということだった。実際に書類が届いたのが28日。それから申請するのだから、早くても6月半ばになるということだ。

マイナンバーカードで申請してほしいという、総務大臣からのアナウンスがあったが、システムの不備でかえって時間がかかるからと、各自治体から郵送による申し込みの要請が出るなど、笑えない話もあり、結局のところ、6月10日までに給付されたのは、全体の約40%、5000万人ほどにとどまっている。(総務省発表)

早いはずの一律定額給付でこれだ。


持続化給付金・雇用調整助成金の場合


もっと問題なのは、売り上げ減少や休業などでひっ迫している事業者に給付される持続化給付金(個人100万円、法人200万円。いずれも最高で)や雇用調整助成金。
申請手続きが難しい上、申請してもなかなか支払われないという状況が続いているようだ。

持続化給付金は、申請開始からほぼ1ヵ月たった5月末までに申請数約120万件、その3分の1ほどに給付されたという報道があった。雇用調整助成金の方は、申請数約35千件に対して約半分の17千件に支給が決定した(支給されたではない)という段階だ。
結果として多くの人々に支援金は行きわたっておらず、既に倒産に追い込まれた人々も少なくない。

なぜ、こんなに遅いのか。しかも額が少ないのか。

イギリスでは収入の8割が保障され、フランスではロックダウンが決まってから3日後にレストラン経営者に300万が振り込まれたという例が、TVニュースで紹介されていた。
これはもはや、政治の理念と発想のちがいとしか思えない。














2020年6月18日木曜日

60 ため息が出るほど遅い その1

日本の新型コロナに対する対策。
2月初めに大型クルーズ船で陽性者が確認されて以降の、4か月余りにわたるその経緯を見て感じるのは、そのトンチンカンな対応と、遅さである。
それはため息が出るほど。


布マスク配布について


6月3日、我が家のポストにプラ袋に入った布マスクが投函されていた。
これが噂のアベノマスク・・・
4月1日に、全世帯2枚ずつ届けると首相が宣言したあのマスクである。
同じマンションの友人に、汚れや黄ばみがあって返した知り合いがいると聞いていたので懸念していたが、そういうことはなかった。
しかし、いかにも小さい。
小顔ではない我々夫婦には、向いていない・・・

それに私はもう、端切れを使って布マスクを10枚も作ってしまった。
ネットで紹介されていた様々なデザインと作り方、その中から、顔にフィットする立体的なデザインを選択。型紙を作り、裁断し、そして手縫い。
守備は上々。結構満足できるものが続々とできた。(家庭科教育万歳!)
娘も、黒地と白黒の小花模様のリバーシブルの作品を「これいいね」と1枚持っていった。
だから、我が家には国からのマスクはもういらないのである。

ある調査では、75%の人がアベノマスクを使わないと答えたという。
その小ささや、平面的で周辺に隙間が出てしまうことから評判が悪いらしい。
配布に余りにも高額な予算がつぎ込まれたことも、拒否反応を生んでいるようだ。

それでもまだ、4月のうちに配られたのなら感謝されたかもしれない。
特定警戒地域13都道府県の一つであった埼玉県で配布が始まったのは、
首相宣言より1ヵ月もたった5月1日のことである。
更にそれから1ヵ月以上たって、埼玉のはずれのこの新座に届いたのだ。

5月になって、マスク不足に応えて次第にさまざまな分野の企業が、マスク製造にのり出したという報道が相次いだ。月末には早くも新しいデザイン、新しい素材の製品がつくり出されるようになり、ネット販売が始まったところもある。
また少しずつではあるが、不織布マスクがスーパーやドラッグストアーで出回り始めた。
私のように自分で作った人も少なくない。(町で結構見かける。)
だから「アベノマスクはいらない」という人も多くなった。
要するに、国の布マスクは證文の出し遅れとなったのである。

国は、このプロジェクトがどのぐらいの期間で実行できると考えていたのだろうか。
一世帯当たりマスク2枚配るなんてことは、一つ一つを見れば小さな仕事にすぎない。
しかし、5000万世帯に配るとなれば大きな量の仕事になる。

調達から配布までのプロセスを、どういう人員でどう進めるか、
具体的に想定してスケジュールを計算したのだろうか。
2枚1組にして、そこに厚労省のつくったパンフレットを組み込んでパッケージするところから、各郵便局に必要数を送り、局員が各世帯に配布するまでの具体的作業を洗い出して、工数計算する。
それが2ヵ月かかるという計算にはならなかったのか。

2ヵ月もかかることがわかっていて実施したのであれば、
国民の心理をおもんばからない愚かな計画だったと言わざるを得ないし、
ずっと短い期間でできるという計算だったのなら、
実体把握能力が極めて低かったと言わざるを得ない。

   *   *   *   *   *

ため息の出るほど遅かった「マスク配布プロジェクト」は、6月15日に終了した。
そもそもマスク2枚の配布なんてことは、国がやることだったのだろうか。



2020年1月15日水曜日

59 首相の思いをじゃましているのは誰?


「どの国にとってもwinwin、そして未来に向けて持続可能な成長軌道をつくる。
 私の思いはその一点でありました。」
昨年6月末に開催されたG20大阪サミットの最終日、安倍首相は確かそう語った。

「戦争は対話で解決できる」
内戦終結の功績を評価され、2016年にノーベル平和賞を受賞したコロンビアのサントス大統領の言葉である。
外交の基本は対話だと言っているのである。
それは戦争さえ解決する力を持っている、と言っているのである。
対話により、お互いにwinwinの関係をどう引き出し提案していくかが、外交の仕事なのである。

新年早々に起きた、アメリカによるイラン革命防衛隊司令官殺害に始まるイランと米国との緊張関係。これに対する国際社会の反応は・・・
EUのフォン・デン・アライン委員長は、イランとの緊張関係への懸念を述べ「兵器の使用を直ちにやめ、対話を始めるべきだ」と語った。
中国は外交を統括する政治局委員がアメリカに自制を求めた。
そして国連のグテーレス事務総長は、「戦争を避けることは我々の共通した責務だ」と両国に対して自制を促した。

しかし今日まで、日本の外務省そして安倍首相のこの問題に対するきちんとした姿勢表明はない。
アメリカとイランに対して自制も求めていない。
(ぶら下がりの記者団に対して、日本の立場と対応について説明はしたようだが。)

安倍首相は、現在、サウジを始めとする各国を訪問して日本の立場を説明しているらしい。
それは石油の安定供給のための、自国ファースト的外交にしか見えない。
国際平和、国際協調という理念に対する、日本の確固たる姿勢を表現していないからだ。

米国のトランプ大統領とのお友だち関係を誇示する安倍首相。
そして、イランとは長年の友好関係を築いている日本。
昨年は、首相がイランを訪問し、またロウハニ大統領が日本を訪れた。
すでに、平和をどのように維持していくかが模索されていてしかるべきである。
外交に強いと評価され、また首相自身も自負している外交である。
その強い外交力をこの時点でなぜ発揮しないのか。

昨年の徴用工問題に発する日韓の関係は、winwinどころか互いに攻撃的政策を仕掛け合い、ケンカのようだった。
韓国が折れてきているのに、日本はまだ歩み寄る姿勢を見せようとはしない。

韓国、イラン、アメリカ、中国・・・
首相が望む「どの国にとってもwinwin」の、「どの国」とは、一体どの国なのだろうか。
「どの国にとってもwinwin」というのは単なる言葉の綾だったのか?
それとも、首相の思いをじゃましている誰かがいるのだろうか?










58 「輝いた」のではなく「恥をかいた」

世界報道写真展で


昨年12月21日、日本橋三越本店で開催された世界報道写真展を訪れた安倍首相は、
 「今年は日本が世界の真ん中で輝いた年になった」
と述べた。同展で展示されていたG20首脳会議の写真パネルにサインした後である。
居並ぶ首脳たちの中央で、トランプ首相と習近平主席の間に位置した自分の姿から、こういう言葉が出てきたのだろうか。




しかし、日本は議長国だったのだから、真ん中に座るのは当たり前の話。
G20首脳会議の議長は持ち回りでやっているのだから、単に順番が来ただけの話だ。
来年は韓国が議長国なので、文在寅大統領が中央に座ることだろう。


国際社会への貢献、記憶をたどったが・・・


昨年日本は、国際社会でどのような働きをしただろうか。
「世界の真ん中で輝いた」というほど、国として世界に貢献したことがあったか・・・
残念ながら、記憶に残っているものがなかった。
韓国との確執は、強気一辺倒で改善する姿勢は見せず、
東アジアの地勢を危うくしているし、双方の国の経済もおびやかしている。
ロシアとの関係では、経済協力も、北方領土問題もさして進展していない。
アメリカとの関係は、トランプの顔色をうかがっているばかり。
日米地位協定では未だ占領下のような屈辱的関係だし、貿易交渉でもアメリカに押されている。
アメリカとの関係改善を狙ったイラン訪問も、空振りに終わった。


個人のレベルでは・・・


個人のレベルでは、世界的に称えられた人々がいる。
2018年の全米オープンに続き、全豪オープンで優勝した大坂なおみ選手。
初出場で全英オープンゴルフを制した渋野日名子選手。
28年の選手生活にピリオドを打ったイチロー選手。ひたむきに野球に向き合ったその姿は人々の心を打った。

逆境を乗り越え、2019年の世界的大会で史上最高の11勝を挙げたバドミントンの桃田選手も賞賛に値する。
世界2位の強豪を倒しベスト8へと進んだラグビー日本チーム。様々な国の選手が心を通わせワンチームとなって闘う姿が感動を呼んだ。将来の国のあり方をも考えさせられた。

ノーベル賞は途切れなかった。企業の中で研究し続けた吉野彰さん、リチウム電池でノーベル化学賞を受賞した。
そして忘れてはならないのは、アフガニスタンで30年以上も人道支援活動を続け、12月4日に銃撃され亡くなった中村哲さん。世界各国の公的機関や報道機関がその死を悼み、メッセージを寄せた。アフガニスタンの人々は中村さんを英雄と称え、大統領は棺を担いだ。

どれも称えられたのは努力した個人個人であって、日本という国ではない。
唯一、国として今年日本が世界で注目され称えられたのは、各国の王族や首脳を招いて行われた天皇の代替わりの行事。しかし、ここでも注目されたのは、1000年守り続けられた日本の文化と伝統であって、現在の日本が国際社会に貢献している内容や姿勢ではない。



2019年、日本が世界で評価されたことは・・・


日本が2019年、国際社会に貢献した内容を評価されたもので、もっとも顕著なものは2回の“
化石賞”だ。
12月2日から2週間にわたって開催されたCOP(国連気候変動枠組条約第25回締約国会議)で受賞したもので、地球温暖化対策に対して消極的な国に送られるもので、地球の現状に対する認識不足と、環境を破壊して人々を危険にさらしているというレッテルを貼られたのである。

化石賞の1回目は「石炭火力発電を選択肢として残したい」との梶山経済産業相の発言に対して、2回目は脱石炭に対して言及がなかった小泉環境相の演説に対して贈られた。

日本は世界の真ん中で「輝いた」のではなく、「恥をかいた」のだ。