2021年10月13日水曜日

71 みずほ銀行システム障害

 みずほ銀行でシステム障害が繰り返し発生している。

 今年2~3月における4回のトラブルがまだ記憶に残っている中で、8月末に再び全店舗規模のトラブルが発生した。原因調査に当っている外部調査委員会は6月に、企業体質に問題があるという報告を出した。①危機に対する組織力②ITシステムを統制する力③顧客目標、の3つが弱いということが指摘されたそうだ。そして、その企業体質を生み出す原因となっているのは、旧銀行(富士、第一勧銀、日本興業)の縄張り意識であるというのが、大方の見るところであったようだ。

 このニュースを新聞で読んで思い出したことがある。

 2004年、3銀行が合併した1999年の5年後の話である。私の叔母が亡くなり、その財産整理のためにみずほ銀行のある支店を訪れた。叔母は独身で、唯一の親族であった兄(私の父)の子どもである私たち姉弟が遺産を相続することになり、一番近くに住んでいた私がその手続きをすることになったのである。訪れたのは、叔母が日常的に使っていた東京郊外、西武池袋線沿線の支店。


1.元富士銀行のみずほ支店で

 案内された窓口でその旨を伝え、通帳を見せ、相続のためにはどのような書類が必要になるのかを教えてもらいたいと言うと、担当者は「この口座の取扱店は三田の支店なので、ここでは受け付けられない」と言う。「どの支店でも基本的には同じだろうから、それを教えてもらいたい」と私が言うと、彼女から驚くべき答えが返ってきた。

 「こちらの支店は元富士銀行ですが、お客様の口座を担当している三田支店は元第一勧銀ですので、どういう書類が必要なのかはわからないんです。」

 みずほ銀行三田支店は、叔母が高輪に住んでいるときに口座を作った支店である。叔母は亡くなる3年程前に足を怪我し、高齢の叔母の一人暮らしが心配で私が近くに呼び寄せたのだが、近所に同じみずほ銀行があったので、取扱店を変更することなく使っていたのである。

 同じみずほ銀行なんでしょ。三田まで行って、何が足りない、かにが足りないと言われても困る。必要な書類を取り寄せてほしい。手数料が必要なら払いますから、とあれこれ言って見たが、「わからない」「できない」の一点張り。仕方がないので、日を改めて三田支店に行くことにした。

 ごく基本的な手続きであるのに、元勧銀の仕事だとか、元富士の仕事だとかと言って踏み込もうとしない。客の便宜を図るという所に仕事の目標をおいていないのである。その一方で、通帳を見せた際に口座の取引停止だけはさっさとやってのけたために、マンションの管理費・積立金や公共料金などの引き落としができなくなってしまい、いくつもの相手先に連絡を入れ、いちいち振り込まなければならなくてしまった。


2.元第一勧銀のみずほ銀行支店で

 さて三田支店はどう対応するのか? 入口で来意を告げると、同じように奥の窓口に案内された。そこで、相続のための手続きの内容を知りたいという目的を告げ、最初の支店では教えてくれなかったことを伝えた上で、当方が出す必要のある書類は何々か、そちらの提出形式が決まっているのなら、その用紙をもらいたいと話した。すると、またまた、答えはNOだった。

 え、なんで? どういう手続きが必要なのか、どういう書類が必要なのかを聞いているだけでしょ。申込書などを出す必要があるなら、記入用紙をいただきたいと言っているだけですよ。

 だいぶ前のことなので、具体的には覚えていないのであるが、私と叔母との関係を示す書類か何かが足りないというようなことであったかと思う。予め、役所で取得しておくようなものであったような記憶がある。私は腹が立った。

 その書類一つがないために、また出直して来いって言うんですか? だから、最初の店で何々が必要なのかって聞いたんですよ。こんな原則的なことなら、どこの支店だって同じじゃないの。元富士だとか、元第一勧銀だとかという話じゃないでしょ。どうして同じ銀行の中で、それが共有できないんですか。

 預金者が死亡したときの手続きの案内書ぐらい作っておきなさいよ。こっちは仕事休んできているのよ。また半日つぶせって言うの? バカにしないでちょうだい。もうこちらの銀行とは取引したくないわ。預金は全部引き上げますから!

 女性行員は私の権幕に驚いて、上司の男性を連れてきた。私は怒りを抑えて、元富士のみずほ銀行とのやり取りのところから、もう一度ぜ~んぶ話した。すると彼は、手続きの申込書と、手続きに必要な書類のリストをくれて、必要書類をそろえて郵送してくれればよいと説明してくれた。

 なんだ、郵送でいいなら、最初の元富士のみずほ銀行でもできたじゃないの。

 その後、他行はどうしているかと、我が家で使っているもう一つの大手銀行を調べてみたら、ちゃんとそうした場合の案内を作っていた。そこには、預金者が死亡の場合の手続きの際は、公共料金の支払いや家賃の振り込みがある場合、早めに引き落し口座や入金口座の変更をしておくようにとの注意書きがあった。これが普通だ。

 みずほ銀行には、一つの組織としての「合理的視点にもとづいた行動姿勢」が感じられない。顧客に対する姿勢より、自分たち仲間内の感情が優先している。これを修正しなければ、みずほ銀行にはいつか問題が発生するだろう、そう感じた出来事だった。

 それから17年後、やはり問題は起きた。それも相当大きな問題となって。みずほ銀行を構成している人々の行動姿勢はどうやら変わっていなかったらしい。それが、銀行の屋台骨を支えるシステムの障害を作った原因だととらえられている。すぐれたITシステムの構築は、合理的視点にもとづいた分析が不可欠。総力をあげて根本から出直さないかぎり、建て直せないのではないか。



 


2021年8月19日木曜日

70 北条政子は源政子じゃなかった

 最高裁で夫婦別姓の訴えが退けられた。

6月23日、もう2カ月も前のことだが、そのときはちょうど住んでいるマンションの定期総会があり、理事である私はその準備作業でてんやわんや。ひとこと言いたいと思っていながら時間がたってしまった。

さて本題。言いたいのは「最高裁の判断はおかしい」ということ。

最高裁は、夫婦別姓について「婚姻や家族に対する法制度は国の伝統や、家族観、国民感情を含めた社会状況におけるさまざまな要因をふまえつつ、それぞれの時代における夫婦や親子関係についての総合的判断によって定められるべきだ」と言っている。

とするなら、今この時代は、既に夫婦別姓に7割の人が賛成しているので、家族観・国民感情という条件はクリアされている。賛成の人たちは、別に全部別姓にせよと言っているわけではなく、同姓が良ければ同姓でよいというおおらかな主張で、同姓を望む人の権利を排除しようという意図などない。

もう一つの理由としてあげられた「国の伝統」という面では、夫婦同姓は日本の伝統文化でも何でもない。明治時代に民法が施行された際に決められたもので、たかだか120年ばかりのものだ。

むしろ夫婦別姓が日本の伝統だ。

例えば北条政子。言わずと知れた、鎌倉幕府初代将軍源頼朝の妻である。しかし彼女は終生、北条政子であった。源政子にはなっていない。しかし、疎外されるどころか、鎌倉三代をまとめ上げた圧倒的妻であり、母であった。

そして日野富子。室町幕府八代将軍足利義政の妻である。彼女もまた足利富子にはなっていない。悪女というのが通説になっているが、最近の評価は、実際は足利幕府の財政を支えた功労者というものである。

そして清少納言。夫は橘則光、藤原棟世だがどちらの姓も受けてはいない。清の名は、生家の清原家(父は清原元輔)から来ている。

つまり、日本では、女性は生家の姓を名乗るのが伝統であり、夫婦別姓が当たり前だったのである。

「伝統を理由に夫婦別姓を排除した最高裁よ、顔を洗って出なおしてこい」と言いたいところだ。


2021年8月18日水曜日

69 「100年に一度の豪雨」が毎年

 8月に入って、日本各地で大雨の被害が出ている。

熊本県、大分県、長崎県、広島県・・・

TVニュースをみながら家人と話し合う。

「あれ、ここ、去年かおととし、水が出た所じゃない?」

「確か川が決壊して」「田んぼが水浸しだ」

「ここはちょっと前、すごい土砂崩れがあった所だよね」

「やっと復旧できたところだろうに、大変だなあ。100年に一度の豪雨って言わんでくれ、毎年なんだから。」


どこかの町(村? 市?)で自治体の避難指示が遅れたという報道があった。

もう指示を待っている状況じゃない。毎年来るものと考え準備しておく。

自分で情報をきちんと取り、いつでも対応するという姿勢でいなければならない。

そういう事態になったようだ。


一方、自治体は、そして国はどう対応するのか。

それぞれの地域で状況は異なるだろうが、たとえば、堤防が決壊していないのに、2年前同様に広範囲の浸水が発生し病院が孤立した佐賀大町町、ここは明らかに排水能力の不足だ。

大型地下調節池などを設け、さばき切れない水を受けとめる対策は取れなかったのか。2年前と全く同じ状況が発生するというのはいかにも情けない。

多くの自治体がこうした課題をもっている。

「自然の猛威は如何ともしがたい。避難あるのみ」「自助でお願いします」では、行政機関が存在する意味がない。





2021年4月22日木曜日

68 コロナより恐れるべきもの

今年、桜は見なかった。3月の半ばから 咲きはじめ、4月の声を聞く前に終っていた。

季節の進み方が速い・・・ 昨日、4月21日。気温25℃を超えた。昨年より10日も早い夏日。この先も気温の高い日が続くようで、今年も暑い暑い夏がやってくるのは確実だ。

昨年の8月の熱中症による死者は、コロナによる死者より多かった。連日35℃を超える地域が続出だった。

大型台風の接近も多かった。日本近海の海水温が30℃に達し、台風が日本の近くに来て発達したからだ。

同じ水域、一昨年は27℃程度であったという。1年で3℃上昇。地球温暖化のスピードが上がっているのだろうか。

今年はいったい何度になるのか? 5年後は、そして10年後は? コロナ以上に怖い。


コロナとの闘い、国の対策は実にお粗末だ。

何が日本モデルだ。国民に自粛を強要するばかりだ。

人流も止めず(それどころか促進した)、検査もせず、医療機関の支援もせず、ワクチンも遅れている。

しかしそれでも、欧米のような1日に万を超える感染者は出ていない。

マスク、手洗い、距離、換気・・・ 感染防止の方法を、多くの人々が心得ていて実行しているからだろう。

人々がその努力を続け、やがてワクチン接種が進めば、そのうち(1年もたてば)感染は治まっていくことだろう。


しかし、温暖化はどうだろう。

昨年の夏、アメリカのデスバレーでは54℃を超えたという。インドは50℃を超える熱波で、ここ5年で5000人ほどが亡くなっているという。

温暖化はどんどん進んで行っているという気がする。


昨年の夏、国は、温暖化への立ち向かい方について、国民には何も示さなかった。

コロナのことばかりで、熱中症を生み出す暑さの原因となる温暖化については、どう行動すべきかというメッセージを出さなかった。

TV・新聞の報道も、熱中症の予防が中心だった。

どのTV局でも「エアコンを使うように」と言っていた。安眠のためには、夜は26℃以下の設定にして布団をかけて寝よ、とまで言う専門家もいた。

しかし、そうするとエアコンの室外機からは40℃以上の熱風が吹き出される。エアコンを使えば使うほど、地球は熱くなっていくということだ。さらにエアコンが必要になる。

その悪循環を続けていってよいのか、エアコンのスイッチを入れるたびに心が痛む。


温暖化の原因はCO2を生み出す我々の生活だ。生活を支える産業のあり方だ。温暖化を止めるにはそれを切りかえなければならない。

コロナ対策はもちろん重要だが、温暖化についても、それに劣らぬように、もっと本気で取り組まなくてはならない。

後戻りができない状態になる前に。